医療の安全に関する研究会
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「医療の安全に関する研究会」ニュース
Newsletter No.34
2014.10.20 発行
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巻頭言
医療の安全に関する研究会
理事長 島田康弘

 皆様にはお元気で活躍中のこととお喜び申し上げます。第19回の研究大会のご案内とお誘いを申し上げます。
 第19回研究大会の大会長は藤田保健衛生大学医学部病理学教授であられる堤寛さんです。堤さんは病理診断・教育・研究というご多忙なお仕事の傍ら、がん患者を支えるお仕事を続けてこられました。本研究大会ではがん患者とそのサーバイバーを中心として、「患者同士の支え合い、患者と医療者の協力による安心の医療」と題してテーマを組まれました。
 大会長講演は「病理診断のセカンドオピニオンと患者の本音」について語られます。続いて、特別講演としてNPO法人ぴあサポートわかば会理事長の寺田佐代子さんに「患者の支え合いと自立支援を目指す“ピア・サポート”と、医療と患者が繋がる関係づくり“メディエーション”への道」を話していただきます。その後、藤田保健衛生大学の学生らによるランチタイムミュージックが演奏され昼食に移行します。
 午後の時間はすべてシンポジウム「患者同士の支え合い、患者と医療者の協力による安心の医療」に費やされます。発表予定者は、栃木県済生会宇都宮病院緩和ケア科の医師の粕田晴之さん、甲南病院病理診断科で病理外来実践者の村尾眞一さん、在宅看護研究センターで看護師の村松静子さん、社会医療法人愛生会総合上飯田第一病院総合支援センターで MSWの権田吉儀さん、NPO法人がんサポートセンター副理事長でがんサーバイバーの横山光恒さん、大府市在住のがんサーバイバーの藤田恵子さんです。堤寛さんと寺田佐代子さんがコメンテーターとして加わられます。すばらしいシンポジウムとなることを期待しています。フロアーのかたも協力お願いします。
 皆様と12月7日(日曜日)に会場でお会いできるのを楽しみにしております。


 
医療の安全に関する研究会
第19回研究大会
患者同士の支え合い、患者と医療者の協力による安心の医療

  
大会長 堤 寛 (Yutaka Tsutsumi)
藤田保健衛生大学医学部病理学 教授


 
 9:30 受付
   総合司会 増田聖子 (増田・横山法律事務所 弁護士)

 9:55 開会の挨拶 島田康弘 (医療の安全に関する研究会 理事長、名古屋大学 名誉教授)

10:00  大会長講演 「病理診断のセカンドオピニオンと患者の本音」
     堤 寛 (藤田保健衛生大学医学部病理学 教授)
     座長 酒井順哉 (名城大学大学院都市情報学研究科保健医療情報学 教授)

10:45  特別講演 「患者の支え合いと自立支援を目指す“ピア・サポート”と、
     医療と患者が繋がる関係づくり“メディエーション”への道」
      寺田佐代子 (NPO法人ぴあサポートわかば会 理事長)
     座長 堤 寛

11:45   ランチタイムミュージック (藤田保健衛生大学の学生、ほか)

13:00   シンポジウム 「患者同士の支え合い、患者と医療者の協力による安心の医療」
      座長 加藤良夫 (南山大学法科大学院 教授、弁護士)、
         齋藤悦子 (摂南大学看護学部看護学科 教授)
     発表予定者:
      1.粕田晴之 (栃木県済生会宇都宮病院緩和ケア科、医師)
      2.村尾眞一 (甲南病院病理診断科、病理外来実践者)
      3.村松静子 (在宅看護研究センター、看護師)
      4.権田吉儀 (社会医療法人愛生会総合上飯田第一病院総合支援センター、MSW)
      5.横山光恒 (NPO法人がんサポートセンター副理事長、がんサバイバー)
      6.藤田恵子 (大府市在住、がんサバイバー)
     コメンテータ:堤&寺田

16:50  次期大会長挨拶 加藤良夫、
     北野達也 (星城大学大学院健康支援学研究科医療安全管理学講座 教授)

閉会の挨拶 大会長 堤 寛

 研究大会に関する会場の詳細案内はこちらのURLサイトから 


 

大会長講演
病理診断のセカンドオピニオンと患者の本音


藤田保健衛生大学医学部病理学教授

堤 寛


 私は、がん患者さんと直接お話しする機会の多い、患者さんに知りあいの多い“珍しい”(貴重な?)病理医です。だから、がん患者さん、とくに乳がん患者さんは、医療者があっと驚くほど勉強していることをよく知っています。診断、治療に関する最新知識は、しばしば医学生をはるかにしのぐのは紛れもない事実です。ただそれは、がんの手術を受け、術後治療を続ける間に少しずつ得た知識なのです。病名を告知された時点で十分な予備知識をもっている人はほとんどいません。 彼女たちの言。「はじめて説明されたときは全然わからなかった。頭の中が真っ白になって、説明は上の空。あのとき今の知識があれば、治療の選択肢が違っていたかもしれないのに!」
 わが国の医師法は、「自由標榜制」を採用しており、しかも、世界の中でも例外的に、医師免許に更新制度がないのです。たとえば、病理医の私が外科の診療を行っても合法なのですが、まったく現実性のない話です。同様に、多くの外科医や内科医に事実上「病理診断」はできないのです。

「患者さんに顔のみえる病理医」の必要性

 病理診断は、臨床医でなく病理医のしごとです! しかし、残念なことに、患者さんは病理医という医者の存在すら知らない場合が多く、内視鏡でとられた標本を顕微鏡でみるのは内視鏡医や外科医だと思いこんでいる節があります。そう、病理診断は、病理医が行う医療の中で優れて専門性の高い業務なのです。
 2008年、病理診断科が標榜科となりました。つまり、内科、外科、小児科、産婦人科などと並ぶ臨床科として遅まきながら認知されたのです。「病理診断科」の開業も可能になりました。つまり、「患者さんに顔のみえる病理医」が求められるようになったわけです。
 ところが、病理診断は検査の一部だという誤認があまりにも長く続いたことで、実は、病理医自身もその状況に甘えていました。正直、多くの病理医には患者さんの顔がみえていなかったのです。
 あえていえば、診断のしっぱなしともいえる状況だったのです。
 病理標本の向こうに患者さんがいる、自らの診断の結果、患者さんがどんなふうになるのか、わかりにくい診断書を書くと臨床医が誤解して不適切な治療をするかもしれない(誤解は誤診と同 じ!)、そういうことをしっかりとわかった上で病理診断をしていく必要があるのです。間違いなく、患者さんの不安を感じとり、そして「知る権利」に配慮することのできる病理医への変身が求められているのです。最終診断である病理診断は、患者さんにとって“決定的”
に重要なのですから。

「患者さんに顔のみえる病理医」2つの形

 実は、「患者さんに顔のみえる病理医」には2つの形があります。一つは、院内に設置された「病理外来」や「セカンドオピニオン外来」で患者さんに向きあって直接お話しするアプローチです。標榜科として当然ですよね。もう一つの形は、医療保険外(病院システムの外、地域社会の中)で、患者さんからの病理診断に関するセカンドオピニオンを引き受ける私流のアプローチです。本日は、私が実践する後者の姿を紹介します。
 私ががん患者会と交流するようになって17年ほど経ちます。とくに、NPO法人ぴあサポートわかば会(理事長は寺田佐代子氏=本日の特別講演者)と共同歩調をとりだしてから12年以上が経過しました。「患者と医療者の奏でる音楽」=“輪の和”演奏会を各地で実践してきました。大切なキーワードは“withness”、すなわち、ともにいること。こうした患者さんとの本音の交流の中で、病理診断のセカンドオピニオンを受ける頻度が必然的に高まりました。メールや電話でのやりとりが主体ですが、必要に応じて、大学の自室や市中で直接会って、病理診断に関する説明をするとともに、わかる範囲で、医療に関する相談を受けています。無償の奉仕活動ですが、ていねいに説明し、質問に一つひとつ答えることで、患者さんが納得して前向きに変容してゆく姿を、感慨深く体験しています。実践を通して学ぶ「体験学習」をしているといってもいいでしょう。患者さんは、病院では、主治医に嫌われたくない、担当医に迷惑をかけたくないと“いい子”になってしまい、本音をいわない、いえない事実が実体験されます。ときには、病理解剖や裁判症例に関する意見を求められますが、原則として断らず、率直な意見を述べることで、患者・遺族の不信感が緩和される、そんな事例も経験されます。

医療・社会における病理医の役割

 病理医は、患者さんに触りません。治療しません。でも、病気の専門家であり、臨床医とも近しいのです。病理標本の向こうに、相当正確に患者さんの病気の姿・タチがみえる。患者さんの予後も予測できる。だから、自分の病気の本当の状態を知りたい患者さんに対して、自分の判断・考えを“客観的”に伝えることが病理医に期待されているし、それができるのです。その結果、多くの患者さんが納得して前向きにリセットできる。
 この役目は、臨床医にはできないし、するべきでないでしょう。臨床医が特定の患者に対して特別の配慮をして相談に乗るのは、時間的にも物理的にも心理的にもやりにくいし、他の患者さんからみたらえこひいきに感じるかもしれません。何より、“クール”に判断して、客観的な治療を押し進めることが難しくなってしまいます。治療に関与しない病理医は、説明を強く望む100人に一人の患者さんに対して、100倍近い時間を使ってていねいに、半歩近づいて(息づかいの感じられる距離で)接することができるのです。
 プロが白衣を脱いで、ノーネクタイで、地域社会の中でじっくり相談に乗る。この形の患者支援は、現代日本の医療に決定的に欠けている側面なのではないでしょうか。この新しい患者ニーズに対する病理医の社会的役割が、もっともっと、社会に、患者さんに、そして病理医自身に理解され、幅広く展開されることを私は切望します。
 くり返しになりますが、体の診察をしない病気の専門家に訊きたいことを訊き、悩みを打ち明ける。そうした受け皿になりやすい医療者が病理医であると、実践を通じて、私はそんな風に思えるようになりました。病理医だからこそできることだと信じています。
 こうした「こころの支え役」を担う医療者は、これまでの医療体制の中では少なかったのではないでしょうか。このニーズはとても大きいと思います。このような立場は、現在の医療体制の中では位置づけられにくいものです。でもだからこそ、可能なことがあるのではないでしょうか。このような支えを地域の中に何とか広め、定着させてゆくことはできないだろうか。そう、病理医はその役割に適していると、強く私は思うのです。
 最後に、患者さんの声をひとつだけ紹介しましょう。

「犯人の顔が見たい」

 乳がんの告知は突然でした。「残念ながら悪性でした」に続く主治医の説明で、自分のがんが粘液がんとよばれている乳がんなのだと知りました。でも、私が知ることができたのは名前だけです。そして、T3、N1、M0、Stage 3a という記号の羅列。
 私は私のがん細胞をみたことがありません。
 手術後、病理の結果も主治医からの説明でした。新たに知らされたことは、リンパ節への転移の数が7個と、多数であったことと、第3期の進行がんのためのしっかりした術後治療が必要だということでした。
 あるかないか断定できない全身臓器への微小転移巣のために行う治療は辛いものでした。自分が何のためにこんなに苦しんでいるのか分からないもどかしさの中で、私は、もしもこのがんが私の死因になるのであれば、自分を殺すかもしれない犯人の顔がみたいと、強く思うようになりました。
 いえ、それより、最初の告知の時点で、病理の医師から、自分のがんについて説明していただき、それをこの目にみせていただいていたら…。対象がはっきりしていれば、治療に関する迷いや悩みもこれほどではなかったのではないかと、正直とても残念に思っています。
 でも、手術から時間が経てば経つほど、患者のほうから「病理の医師に話が聞きたい」とはいいだせなくなってしまうのが実情です。とくに、主治医が懸命に治療してくれていればいるほど、不満をもっているように思われたくないとの気持ちから、ますます口にできなくなってしまうのです。
 そうでなくても、告知を受け止めるだけで精一杯、余力の残されていない患者のために、どうか病理医の先生方のほうから、手を差し伸べてはいただけませんでしょうか。誠に厚かましいお願いとは存じますが、なにとぞよろしくご検討いただけますよう、お願い申しあげます。


 
特別講演

患者の支え合いと自立支援を目指す“ピア・サポート”と、
医療と患者が繋がる関係づくり“メディエーション”への道

 

NPO法人ぴあサポートわかば会理事長

寺田佐代子

 私は、1999年12月に藤田保健衛生大学病院で乳がんの手術を受けました。2003年に院内の患者仲間が集まり任意団体患者会「わかば会」を発足。その後約6年間、大学病院内で患者交流会やコンサート等を実施したのち、2009年にNPO法人ぴあサポートわかば会を設立しました。今では、地域社会における社会的支援のひとつとして、患者仲間支援活動、つまりピア・サポート活動をする団体と位置づけています。
 2013年10月、日本ピア・サポート学会研究大会において、「がんサバイバーによるピア・サポート~ファシリテーションに基づくエンカウンターグループプログラム“wellbeing        program”の開発と10年間の実践~」を発表しました。この実践報告は、日本ピア・サポート学会紀要に掲載されました。英文タイトルは、“Peer Support”by Cancer Survivors: Development and 10-Year Activity of a Facilitation-based Encounter Group Program,“Wellbeing Program”です。キーワードとしては、がん患者支援、ピア・サポート、セルフケア、自己実現、ファシリテーション、エンカウンターグループ、wellbeing programをあげました。
 日本ピア・サポート学会において、がんサバイバーによるキャンサー・ピア・サポート活動の実践報告は当事者による実践の報告として、興味深くとりあげられました。会員の95%以上が教員である日本ピア・サポート学会では、2003年から海外の教育現場視察を経て、日本の学校教育のなかにおけるピア・サポートの重要性をとりあげてきました。海外では、コミュニティーで発祥したピア・サポートがコミュニティーで活発に行われていることは周知ですので、2013年、同学会は、今後の目標として、コミュニティーにピア・サポート活動を普及することを掲げました。そんな時期に、私が、すでにコミュニティーにおけるピア・サポート活動10年実践してきたと報告したので、学会員の教員たちは、「え? そんな団体が日本にあったの?」と驚き、私の報告が重宝されたのでした。
 私は、1977年3月に南山短期大学人間関係科を卒業しました。体験学習を中心としたカリキュラムで全人的な教育を受けました。卒後も人間関係トレーニングを続け、facilitation skillを体得してきました。この体験がピア・サポートプログラムの開発に大いに役立ちました。また、2006年から4年間にわたってオーストラリアのガウラー(Gawler)財団のプログラムに参加したことが私にとっての大きな転機となりました。
 いずれも、人間関係における対人スキルは、facilitationが重要であることが共通点です。

ピア・サポート(peer support)とは?

 ピア・サポートは、仲間どうしの助け合いを意味します。その手法は、主体的な自己成長を援助するfacilitationが基本であると私は主張します。ピア・サポートの特徴は、相手と平等な立場で、相手が立ち直り自己実現への道を歩くことをともに歩む、つまり人生の伴走者になることです。仲間が主体的に自己成長し、自己実現に向かうことへの援助、つまり、自立支援こそピア・サポートといえます。ピア・サポートは、「相談支援」の領域に入れられている場合もありますが、「支援」というよりは、人間社会、コミュニティーにおける人間関係のありかたそのものであり、「互助」「共生」であると私は理解しています。
 ピア・サポーターは、仲間の問題解決に付き合うことがよくあります。たとえば、仲間が医療不信をうちあけてきた場合、ピア・サポーターは、共感的理解をするのはよいのですが、同一的心境になって他者の不信感を増強する、つまり「そうだそうだ、全くひどいね」と共鳴すると、仲間の不信感は増強してしまいます。そうではなくて、仲間にとって対局にあるもの、この場合は医療なのですが、その医療について、「では、あなたは、その医師が本当はどういう気持ちでそうしたのか知っていますか?」とか、「あなたは、自分の気持ちをその医師に伝えましたか?」と投げかけます。そうすると、仲間は、「そういえば、医師がどういう気持ちか知らないなあ」とか、「私は自分から医師に自分の気持ちをきちんと伝えていないなあ」と気がつきます。そして、それではいけ ないので、「よし、伝えてみよう」と決意して、自ら医師に自分の気持ちを伝えるようになります。仲間が自分の気持ちをわかってもらいたい相手にきちんと伝える行動を起こした結果、すっきりと自己問題解決ということがよくありました。

メディエーション(mediation)とは?


 辞書の訳には、「仲介」「調停」「橋渡し」と書かれています。私の恩師の論文では、「自主交渉援助型調停」と言っています。メディエーションとは、対立するAさんとBさんがいるとき、どちらかが正しいと決断するのではなく、Aさんの主張、Bさんの主張をそれぞれが相手にわかるように自主的に伝えて解決に向かうことを援助することです。AさんBさんの間にたって、双方の真意を 正しく理解し、正しく相手に伝える役目を持つCさんはメディエーターといえます。AさんとBさんと双方が納得する着地点につくために、互いに歩み寄る自主交渉を援助するCさんのメディエーションが有効なのです。Cさんは、互いの主張を十分に理解し、双方に伝えられるようにAさんBさんを援助したり、AさんとBさんの仲介役として、双方の真意を伝える役目をしたりします。私たちは、ピア・サポート活動のなかで、メディエーションの手法を使って、繋がる人間関係構築に向けて、自主交渉、具体的には自己表現を促進して問題解決に向けることができると思います。

私の体験

 私が長年かかわってきた人間関係トレーニングの経験から、ピア・サポート活動のヒントになったことがたくさんあります。そのうちの3つを紹介します。

1)「私の個性を大切にする」

 この姿勢は、一見わがままな自己主張のようですが、実はもっと深い意味があります。自分を真に大切にすることができるひとは、誰しも大切な存在であるという他者尊重姿勢につながるのです。
 ピア・サポート活動においても、本人の自主性、自己実現を大切にする姿勢が大切です。そして、何よりも、自分がコントロールできること、こころのセルフケア(自助)が不可欠であることに気が付きました。そして、実際に、こころのセルフケアが得意になると、誰もが自信を持てるようになり、その後自己実現に向かって生きようとする何人かの仲間の行動変革をみてきました。

2)「他者は自分と同様に大切」

 他者は自分と同じように大切ということは、いつもそうしているような気になっていますが、私は、他者を真に尊重できているか? と自分自身をふりかえることが必要です。
 ピア・サポート(互助)では、自己同様に他者も大切にする基本姿勢が大切なのです。「ひとはみな平等」「自己同様他者も大切」「共感的理解こそ大切」という姿勢は支援において重要なことなのですが、実際に具体的にそうすることとはどういうことか? これを考えて行動したいものです。この学びを基軸にしてさまざまなことを考察することができました。2003年からの活動のプロセスについて、2011年11月には、著書「がん患者のためのピア・サポート」を発刊することができました。

3)「繋がる関係づくり:メディエーション」

 2010年頃、わが恩師、山口真人教授の論文「メディエーションの研究」を読み大きな影響を受けました。そして、これこそ人間関係づくりの究極の技ではないか? と私自身の新しい課題にしてきました。
 最近になって、やっと、その意味が腑に落ちてきました。メディエーションの手法は、患者と医療の狭間で活動するピア・サポートのスキルとして役立つし、重要な手法であると確信しました。
 ピア・サポーターのたち位置は患者サイドにあることが多いのですが、患者は医療の恩恵を受け、医療に感謝しているので医療寄りにもなれるのです。ですから、ピア・サポート活動では、医療と患者という両極に位置する場合でも、バランスよく関われるのです。医療不信を抱くひとに出会ったとき、医療批判を増強するのに加担することなく、むしろ、ひととひとを繋ぐ仲介役をこなすことは可能であることがよくわかってきました。
 繋がる関係づくり「メディエーション」とは、まさに人間関係の間にいて、ひととひとを繋ぐことです。それは、両極にある者がお互いの思いを相手に自主的に伝えることで歩み寄れるようにする手法がメディエーションです。メディエーションがさかんに活用されれば、多くの問題において、AさんとBさん双方が敵対するとか、どちらが正しいと決めるのではなく、相互理解を深めることで、繋がる人間関係構築への道ができるのです。それは、医療と患者の信頼関係を構築するにも役立ちます。
  メディエーションによって繋がる人間関係ができれば、そこに信頼関係ができ、安心できる環境構築につながるので、その結果、医療の安全においても、同様なことがいえるのではないか? と私は思うのです。私たちは、ピア・サポートのなかで、繋がる人間関係づくりを目指しているので、医療の安全にも貢献できるのではないか?と自負しています。

“ピア・サポート”で患者の自立支援が可能


 私がピア・サポートという言葉を初めて使ったのは、2007年12月でした。ガウラー財団のプログラムに参加したあと、名古屋大学医学部保健学科前川厚子教授から、がんを生き抜くライフトピアスクール第4回冬の学校「がん患者会と情報リテラシー」で講演をしてほしいと依頼を受けたときです。
 私のキーワードは、1)self-help group=患者会、2)ピア・サポート、3)こころのセルフケアの3つと決めました。講演前に、私は、ピア・サポートという言葉を使うのはよいかどうか、恩師に打診したことがあります。「がん患者のself-help groupにおける互いの助け合いを、ピア・ サポートという言葉で表現してもよいでしょうか?」と質問したところ、「アカデミックではないけれど、意味は通じるね」と言われましたので、講演のなかで初めて使用したので、このことをよく覚えています。
 医療は治療をするプロの仕事と位置づけるとき、ピア・サポートは、いったいどんな役目を果たせるのでしょう? とずっと考えてきました。「仲間」とは、外国でばったり日本人に出会ったときに嬉しいというような感覚に似ていると思います。がん患者が、がん患者に出会うと、なぜかほっとするのです。これは、いったいどういうことを意味するのでしょうか?
 ピアとは、同類に出会う安心感を持つ仲間そのもの。ひとりの人間が、よく似た境遇のもうひとりの人間に出会い、そこで関わり、互いに気持ちをわかちあい、支え合う結果となるのがピア・サポートだと思います。共感できる仲間、共感的理解を得意とする仲間とは、悩める患者の閉ざされたこころが少し開くようになると、安心感を得て仲間にいろいろな話をできるようになります。そうなると、悩めるひとの顔色がふと明るくなるようすを私は数多くみてきました。
 ピア・サポートでできることは、まず共感的理解、そして、ともに歩く共生へ。さらに進めば、ひとりひとりが自己実現へ向かうことです。停滞している状況から自分の人生を自ら自信もって歩きだすような自立支援ができたら満点です。ピア・サポートは、互いの孤独と不安を軽減することができる互助です。仲間がいることで互いに安心感を得て、ひとりひとりが夢と希望を持って共生することも得意です。もちろん、それ以前に、こころの自助(セルフ・ケア)が大切です。そのうえで、本人が主体性を持って自己実現に向かうこととは、「私が私らしく生きる」ことです。ピア・サポートでは、自助を促進し、さらに自立支援に向かうことが可能です。基本姿勢はファシリテーション(facilitation)です。
 ピア・サポートとは、自助、互助、共生への道をゆくことです。さらに熟練ピア・サポーターは、メディエーションが可能になるでしょう。

医療と患者が繋がる関係づくり“メディエーション”への道を歩もう!


 医療と患者が繋がる関係づくりには、“メディエーション”が有効だと信じます。医療と患者の狭間にいるピア・サポーターは、仲間の患者の医療不信をよく耳にします。そんなとき仲介に立つ場合、メディエーションで仲間にも医療にも双方に働きかけることができれば、結果、敵対から許容し合える関係づくりが可能になります。多くの人がメディエーションの手法を修得すれば、医療と患者という両極の関係のバランスづくりにとても役立つことができるはずだと私は確信しています。
 私なりの解釈では、メディエーションは、敵対することに追い風は与えない。むしろ、バランスを取り戻すように働きかけることです。不満いっぱいの怒りの感情は、こころの平和をもたらしませんから、不安に満ちたひとが平和な気持ちをもたらすように働きかけることが肝要だと思っています。
 私が豪のガウラー財団で体験したプログラムのなかでとても参考になったセッションがありました。あるセッションで、「あなたが今持っている不満を10個あげなさい」といわれました。次に、「その不満について、1つずつ、絶対に変化しないことか、変化可能なことかに分類しなさい」というのです。そうすると、どれも、自分のこころの持ちようですべて変化可能であるということに気がついたのでした。指導者Ian Gawlerがこのセッションで参加者に学ばせたかったことは、「こころの持ち方は自由である」ということだったのです。
 これを参考にしてみると、メディエーションにおいても、両極にあるものを、中央に寄せる。つまり敵対している関係の両極に位置するAさんとBさんの双方に関わったとき、それぞれが捉え方を変容すれば、歩み寄りは可能だといえます。ただし、どのように双方それぞれが変容するのか? それは、圧力で相手を変容させるのではなく、それぞれが自主的に変容することが大切なポイントです。
 それでは、その仲介者、メディエーターはどのようなことをするのでしょう? 私の体験では、まず、それぞれの主張を相手によくわかるように伝える機会をつくることだと思います。なぜ、そうなったのかというプロセスをよくふりかえって、自分自身はそのとらえ方しかないのか?と自問自答することで、変化の可能性を探せるのです。自ずと自己変容することは、ひとつの「成長」を意味します。気づくことで自己変容となるのです。自己変容すれば相手との関係も変化します。
 恩師、山口真人教授のメディエーション研究の論文のなかで、人間関係づくりに大切な、信頼関係構築のための条件として次の3つの要素が書かれています。1)共感的理解、2)無条件の積極的肯定、3)自己一致していること。
 私のこの3点についての解釈を述べます。「共感的理解」を示すことは、同じような経験をしたピアにとって、ほとんどの場合、すんなりと共感できます。ピアならではの得意技でしょう。無条件の積極的肯定はどうでしょう?“あなたの言っていることはわかる。でも、それは、私は違うと思うなあ”と自己概念が湧いてくると、無条件に相手を肯定できません。この際に葛藤がおきます。つまり、自己概念が強いと、無条件に相手を肯定するのはなかなか難しいのです。しかし、信頼関係をつくる条件として、「無条件の積極的肯定」が必須であると教えています。そのためには、懸念を軽減することが必要となります。「自己一致」するとは、相手の考えに“あなたの思いはそうなのですね”と葛藤なく受け入れることです。そのために、私たちは、自己概念を強調しない、懸念軽減する感性を持ち合わせることが必要となります。自分自身の柔軟性を養うことがまず大切なのだと思います。つまり、凝り固まらない感受性をもち、多様性を認める寛容さが大切となるわけです。
 誰もがメディエーションのスキルを備えたら、人間社会はとても豊かな関係で溢れ、だれもが繋がる信頼関係を構築できます。信頼関係に溢れた人間関係ができれば、すべてに安心できる環境となります。信頼関係に溢れていて安心環境が十分であれば、医療にも患者にも、すべてのひとによい影響を与えるはずですので、結果的に、安全な医療につながるはずであると私は思うのですが、いかがでしょうか?
  

 
シンポジウム
患者同士の支え合い、患者と医療者の協力による安心の医療
(1)ホスピスマインドとサバイバーシップ

 

栃木県済生会宇都宮病院   緩和ケア科、医師

粕田晴之

  
 がんと診断された初期から、治療が始まる時、不安いっぱいの手術前、化学療法の副作用、リハビリ、就労、再発、死の恐怖、さまざまな思い。そのがんのどの旅路であっても、ホスピスマインドで接し、サバイバーシップをサポートすることができる、そんなチーム医療を推進したいと思っています。

1.ホスピスマインド

 現在、緩和ケアの対象は、「癌とエイズ」だけでなく、重症障がい(児)者、進行性の慢性疾患(神経難病・慢性肺疾患・慢性心疾患・代謝性疾患)、認知症の高齢者など広い領域に及んでいます。「こころ・と・からだ」の支えを必要としている人との心温まる交流、ホスピスマインドが緩和ケアの神髄であり、いつでも、どこでも、医療・福祉・日常生活のあらゆる分野で共通する「思いやりの気持ちと行為」です。
 ホスピスの起源「中世ヨーロッパの聖地巡礼者など旅に疲れた人たちや病人に対して修道女達の手厚いもてなし」は、ホスピスマインドの原点として現在まで受け継がれているのです。

2.がんサバイバーシップ

 がんになっても人生は続きます。がんサバイバー(がん患者・がん体験者)が がんと診断された時から死にゆくときまで、生活していく上で直面するあらゆる課題を、自らあるいは家族や医療関係者、他の経験者とともに乗り越えていくことで、そのサポートも含まれます。
 治療の副作用・合併症といった身体的なことだけでなく、健康づくり / リハビリテーション / 就学就労 / 経済的問題 / 育児や介護 / 生きる意味も含めた実存的問題など、がん診断後の暮らしに関わるすべてが対象となります。

3.緩和医療・緩和ケアの今後

 たとえば「治療法の選択」ですが、がんと診断され、標準治療ほか複数の治療法を提示されたとき、病状を理解し、どの程度の治療効果を見込めるか理解し、予後がどうなるかを知った上で、治療法を選択できているでしょうか? がんの部位、進行のステージ、体力、家族の中での立場、就労の問題、そしてこれらに伴う心の動き等など、個人の状況はさまざまです。医療従事者はこの個人の違いを勘案した対応ができているでしょうか。
 対人援助は、本人自身が問題を解決できるようにすること、発展途上国で井戸を掘るのでなく井戸掘りの方法を指導することです。がん患者に単に複数の治療法を提示することではなく、がん患者が治療法を選択できるように援助することです。がんの病態のどの時期にあっても、いつでも相談に乗り、自分で考え判断ができる力を取り戻せるようにサポートすることです。病院内では主に医療従事者が中心となって、病院外ではピアサポーターが中心となって。

4.チーム医療

 緩和ケアの第一提供者となれるのは、がんを診断したがん治療医であり、緩和ケア医はがん治療 医に協力する立場です。緩和ケアチーム=チーム医療 と考えがちですが、本来は(患者・家族+主治医チーム+緩和ケアチーム)=チーム医療 とすべきなのです。

 

シンポジウム
患者同士の支え合い、患者と医療者の協力による安心の医療
(2)がん患者は告知をどう受けとめているか:病理医が始めたがん相談

 

甲南病院  病理診断科、医師

村尾眞一

病理医ががん相談を始める

 当院でがん患者を対象に病理外来 ( がん相談外来 ) を開設して満5年が経過した。病理外来では病理医が直接患者や患者家族に病理組織像の説明を行う。乳がん、胃がん、大腸がんなどの取扱い規約に従った病理所見や断端、予後を左右するリスク因子の説明を行っている。全例ではないが、家族の希望があれば、剖検例についても剖検会で検討した内容に沿って説明する。
 当院の病理外来にはこれまで、200名の相談者が来院された。当院では院内患者に限らず、がん患者であればどなたでも、がんと診断されたことで生じた悩みや不安に耳を傾けている。がんの診断だけでなく、全経過を通じて、主治医から告げられる説明を患者がどのように受け止め、悩んでいるかを考えた。
 入院や通院患者の情報交換は患者間で行われる場合が多い。この場は主治医の説明や治療についての理解や思い込みを修正する機会になるが、誤解が解けないことも多いようだ。患者自身が病状を理解し、安心感を得るには不十分なのである。
 がんにありふれたがんはない。どのようながんも告知を受け、手術や化学療法を控えた時は不安で一杯だ。経時的に知らされる主治医からの説明に一喜一憂を繰り返す。

がん相談ではどのようなことをしているのか

 病理医ががん相談を行ってどういう成果が期待できるのかと問われる。確かに、病理医はがんの組織診断に長じていても、治療に関しては素人である。主治医と患者の間に介入し、主治医の信頼感を損なうようでは本末転倒だ。その意味で病理医の立ち位置は微妙といえる。しかし、患者からみればやはり医者である、深刻な相談も多い。進行した肺がん、膵臓がんに限らず、死期が迫った患者から望みをつなぐ治療法を尋ねられる。「何とかして助けてください」と強い口調で家族に迫られることも再々だ。
 面談は40分から1時間かけて行われる。心がけているのは患者の訴えを十分聴くことである。訴えの中には主治医への不満も出てくる。「態度がよそよそしい」、「病状の説明が十分でない」、「病室に来てくれない」など。終末期にさしかかった患者や家族の思いに主治医が十分に対応できない状況が浮かぶ。治療に対する期待感が裏切られたという無念さの表れかもしれない。主治医との関係性が悪化していることをうかがわせる。しかし、こうした不安は患者なら誰にでも起こる。話を傾聴していると、面談の途中から、患者自らが悩みや疑問に答えを見いだしていく様子が感じとれる。面談の後半になると、患者の顔に安堵の表情や笑顔が浮かぶ。がん相談では、決してこちらから患者の問いに正解を示すことはしない。主治医が常に患者の訴えに応じた答えを用意しなければならないのと対照的である。

病理医ががん相談をする意義

 当院でのがん相談のスタイルは著者のがん体験から生まれたものだ。病理外来のあり方としては特殊かもしれない。しかし、垣根を設けず、患者と直接向き合い、どのような訴えにも耳を傾けることで、患者との交流が生まれている。こうした交流は、人の内面を互いにつなぐ普遍的な情感である。これを古代ギリシャ人は情念(パトス、pathos)と呼んだ。彼らが真実(logos)や信頼(ethos)とともに大切にした言葉である。Pathos が病理学(pathology )の語源であるのは偶然ではない。


シンポジウム
患者同士の支え合い、患者と医療者の協力による安心の医療
(3)安心の医療をめざして、看護師の立場で、 今、取り組んでいること

 

在宅看護研究センター LLP、看護師

村松静子
 46年という長い年月をかけて歩んできた看護の道も、最終章となっている。私自身がペースメーカーを装着したのが50歳のとき。それまでは、「手術はすぐに終わって、入れたら普通にうごけますよ」と、マニュアル通り説明していた私だったが、やはりそうはいかないことを実感する。看護師とはいえ、戸惑いや不安が多く、「心臓ペースメーカー友の会」に入会した。お届けいただく雑誌をむさぼり読み、患者同士の支え合いの重要性をそのときほど感じたことはない。一方、24 時間365日をめざす在宅看護という仕事に従事する身として、そこに留まっているだけではいけないと相反することを感じた。“懸け橋”になれば良い、そんな思いが沸々と湧き脱会した。
 1986年、在宅看護の道なき道を切り拓きつつ強く感じてきたことは、そこにいつも患者・家族という生活者の導きがあるということだ。団塊の世代の私が高齢者の仲間入りをした今、すべきことは、主体的医療をめざす人を看護師としてサポートすること。自ら受ける医療は自ら選択し、納得した医療を受ける。甘えと依存の構造が根底にあるといわれる日本人には苦手なことだと言われるが、あえて、自分らしく生き抜くという可能性を意識化できるよう支えられたらと考えている。“自らの健康は自らで守る”“医療は自分で選択する”“終の棲家は自分で決める”の意識を持つ人の使者になることができる看護師『メッセンジャーナース』の認定・研鑽セミナーを始めて4年目になる。“メッセンジャーナース”には、“心の葛藤に灯をかざす”という意味合いを含ませた。この輪は、さまざまな患者会とも繋がりながら23都道府県に約50名のメッセンジャーナースが位置付き、さらに拡がり続けている。

<届いた一通のメール>

“私は自分がお世話になった病院で自分に情報がなくて困ったこと、地域でサポートするところが必要と当時の病棟の看護師長とともに、乳がん患者会を設立し、運営してきました。もちろん、私も含め、元気になりたくて、不安をぬぐいながら、楽しんで出来る患者会を目指してきました。そうする中で、何人もの患者さんが他界されました。その方々から、「障がい者の階級が上がらないか?」「障がい者年金が使えないか?」「お葬式の準備をしたい」など、色々な相談を受けました。わからないまま、相談室の元看護局長やMSW、心療内科医、社会保険労務士、司法書士など、専門の皆さんの力をお借りして、「私にできること」を探しながら情報をお伝えしたりしてきました。昨年、終末期になった会員さんの中に「ひとり暮らし」の方がいらして、再々伺うことが増えました。治療がつらくなった時、「あなたならどうする?あなたなら本当のことを話してくれるでしょう?」と言われ、正直に「私ならやめる」と伝えると、「私の思っていることは間違いじゃないのね」と涙を流されました。それから、ホスピスへの転院希望、葬儀の準備を委ねられました。一人では出来ないので、相談室長とともにお手伝いしました。ある日、病室を訪ねた時、「あなたが乳がんになったのは、患者会をするためなんやわ。だから、あなたが再発して、こんなしんどい目をしないように、私があんたのがんを全部持ってあの世へいく」と言ってくれました。彼女は、ホスピスへ転院後2か月で亡くなられました。・・・病院の相談室長とだけ話をして、一緒に対応してきました。 気持ちの上で、様々なことでボランティアの限界を感じて、告知された患者さん、終末期を迎えた患者さんを受け止めるところがあれば…今の医療も介護も、「生活者」であるという当たり前のことが欠けていることを痛感しました。”


シンポジウム
患者同士の支え合い、患者と医療者の協力による安心の医療
(4)がん患者の生活・家族を支える

 

法人愛生会 総合上飯田第一病院 総合支援センター、MSW

権田吉儀

 がん患者を支える、医療ソーシャルワーカー(以下MSWと略す)の役割について報告します。一般的にMSWは、保健医療機関において、社会福祉の立場から患者さんやその家族の方々の抱える経済的・心理的・社会的問題の解決、調整を援助し、社会復帰の促進を図る業務を行います。具体的には、①療養中の心理的・社会的問題の解決、調整援助、②退院援助、③社会復帰援助、④受診・受療援助、⑤経済的問題の解決、調整援助、⑥地域活動です(厚労省業務指針より)。
 以上は、すべての患者を対象に支援をしており、「がん患者」として特化していないことを前置きします。一方、その支援の方法に違いがあるのかもしれません。当院における緩和ケアチームでのMSWの動きと支援内容を紹介いたします。
 当院(総合上飯田第一病院)は、名古屋市北部にある230床の中規模の7:1看護体制の総合病院です。2014年10月からは地域包括ケア病棟を開設。法人内に回復期リハビリテーション病院(98 床)と訪問看護ステーション・居宅介護支援事業所・デイサービス等在宅支援部門や、関連法人では、精神科病院・老人保健施設・特別養護老人ホーム・有料老人ホーム等があり、地域に於いては、医療と介護を担う複合機関でもあります。当院には、緩和ケア病棟はありません。平成20年12月、院内緩和ケアチーム[Palliative Care Team(PCT):医師、看護師(外来・病棟)、薬剤師、管理栄養士、歯科衛生士、MSW、作業療法士、臨床心理士]を立ち上げ、入院中のがん患者さんの支援を行っています。チームでの MSWの役割は、患者さんの心理社会的側面の情報収集や経済制度 的側面の課題支援が中心ですが、時間的なタイミング(速さ)を重視した在宅退院支援があります。
 MSWのがん患者さんの支援は、手術・化学療法等医療費一部負担及び生活費支援や、在宅退院支援がありますが、前者は、高額療養費等で問題はほぼ解決します。後者の在宅支援は、とりわけ終末期においては、患者さん本人の思いと、家族の不安の解消・理解がない中では成立しません。さらに入院中の本人・家族の課題を地域医療・介護チームと連携し、退院後のQOLを高める作業も必要となります。
 身体状態はもちろんですが、患者・家族の「生活をする」視点を重視します。家族は、「終末期だから頑張る」まではよいのですが、頑張ることが生活の我慢につながる場合もあります。我慢は、その世帯のQOLの低下を招きます。この思いを如何に軽減するかが課題です。
 具体的には、経済的側面(医療費・生活費)とマンパワーを含めた看護、介護の課題の解消です。本人や家族の自宅療養に対する不安を解消するために、医療資源を多く利用することは必至となります。在宅での終末期は、医療保険での訪問診療・訪問看護となり、患者負担は1~3割です。終末期とはいえ、患者さん本人も躊躇する程の負担が発生します。それぞれの患者さんの状態にもよりますが、社会資源を有効に利用するMSWの役割があります。高齢者の長い期間での介護サービスの利用とは違い、短い期間の療養・看護・介護であるからなおさらです。
 同時に、マンパワーの導入は、自宅での看取りを含む心理的なアプローチにも有効となります。患者・家族の死生観もさまざまであり、入院中に自宅での看取りは家族が躊躇していても、在宅で医療資源の導入とそのアプローチから、本人・家族の変化もあります。当日は事例をもとに具体的な実践内容を報告します。


シンポジウム
患者同士の支え合い、患者と医療者の協力による安心の医療
(5)患者同士の支え合い、私の思い

 


NPO 法人がんサポートセンター副理事長、がんサバイバー
横山光恒

私の経験と活動のきっかけ

 2005年8月に私はユーイング肉腫/PNETと診断されました。右腋窩にできた8センチのしこりは病状的に非常に厳しいと告知を受けました。36歳サラリーマンとして寝る間も惜しんで仕事に没頭している時期でした。健康には自信があったのですが、突き付けられた「死」の現実に9歳と3歳だった子供の寝顔を見ては涙が止まらない夜を過ごしたことを今も鮮明に覚えております。PNETは小児が罹患しやすく成人の罹患者は年間20名~30名の希少がんであり当時は確立された治療法も少なく、抗がん剤の大量投与の後、右腕の切断を主治医から進められました。
 300日にも及ぶ入院加療の中で、抗がん剤、放射線、手術を行いました。特に、抗がん剤の副作用はとても辛く、いつ終わるかもわからない治療と減っていくささやかな貯えに不安と孤独で心が折れそうな日々を送っておりました。そんな中、面会謝絶の病室に持ち込んだノートPCで治療中のがん患者の先輩と知り合い、私の発する矛盾した言葉やマイナスの言葉もありのまま受け止め、自分の心に向き合えるきっかけをいただきました。今になって思えば、これがピア・サポートなのだと気が付きました。退院後、再発転移の不安を抱えながらも、自らの経験を活かしたいと思い、NPO法人がんサポートセンターの活動に参加しました。臼田高夫理事長から「思う存分活動してほしい」との後押しもあり、2008年11月より岐阜大学病院の喫茶店の一角にて「患者の集いつむぎの路☆ぎふ」を立ち上げました。

仲間とともに

 患者サロンでは、最初は泣きながらご自身の心情を話されながらも、最後は笑顔で帰られる方も 多く、特に大きな気持ちの変化を経験された参加者さんがいつの間にか常連となり、新たな参加者さんのお話しをお伺いする場面を何度も体験しました。同じような境遇だからこそ生まれる安心や連帯感がそこにはあったのです。「自らの辛い経験が誰かの役に立っている。」話を聴く立場になることがさらなる生きがいを生んでいると確信しました。
 2010年度には内閣府「新しい公共事業」の採択を受け、傾聴ボランティアの養成を行い、岐阜地域において多くの仲間と繋がりをつくることができました。

声を上げるから行動するへ

 一昔前の患者支援団体は「声を上げる」ことに注力してきました。しかし、これからは各々が小さくとも「行動」をすべきだと考えます。患者仲間の中からの提案でタオル帽子の製作グループや、がんで家族を亡くした遺族の方が中心となった遺族会も立ち上がりました。生活圏内で同じような経験をされた方同士の繋がりが集まり支え合い、草の根患者ネットワークが加速していきました。それぞれの自分らしく生きて活きやすい環境づくりは「声を上げる」だけではなく、「自らが作りだす」ことで実現できると考えます。この先、患者がこころも体も自立していくためには、経済活動への取り組みも必要となります。これは経済的な支援ではなく、自発的に行う経済活動への協力・支援を意味します。

相互理解と協業の必要性

 医療と患者ネットワーク間の継続的な会話や相互理解を進めるために、医療者の皆さまもこうした取り組みに積極的に参加していただき、一緒に具体的な協業を検討していきましょう。お互いが理解し合うことで信頼が生まれ、信頼が安心に繋がっていくと私は信じております。

病とともに地域で自分らしく活きるために

 「命を繋げてくれたのは医療 生き方を教えてくれたのは患者。」これが私の想いです。


シンポジウム
患者同士の支え合い、患者と医療者の協力による安心の医療
(6)私は今   ここで   生きる

 

大府市在住、がんサバイバー

藤田恵子

 私は、2008年6月に県内の病院で乳がんの告知を受けました。抗がん剤治療を経て、その後は手術という選択をしませんでした。高知大学医学部付属病院で小川恭弘教授による KORTUC(コータック)の治療を受け、その後化学療法。一時は落ち着いたのですが、その後再発。現在も化学療法での治療中です。
 告知後すぐに始まった化学療法の副作用もそれほどでなく冷静さを取り戻したころに、私は当時の主治医から化学療法の予定表を渡されたものの、私のがんがどのような性質であるのかなどの説明がないことに気づきました。12月28日か翌年1月4日に手術の予定です、と告げられたとき、それを断ったところ、手術をしないなら化学療法ももうストップです、と言われました。そして、その先生への信頼は一気にどこかへ行ってしまいました。ちょうどその少し前に、ある番組が小川先生のKORTUC療法を紹介していました。夫が病院に電話を入れ、一度話を聞いてもらおうということになったのです。

高知の人たちと支え合う

 2009年3月に入院、治療が始まりました。当時、娘は小学2年生。何と言っても高知は遠いのです。病室からみえる高速道路をみつめながら泣きました。もう一つ悲しかったのは、周りから聞こえてくる会話の一部がわからなかったことです。「あたしらあはがんが太っちゅうきね(=がんが大きくなっている)」と聞いたとき、頭がくらくらしました。
 同室の女性たちは全員乳がんの患者さんでした。私はカーテンを閉じて必要なとき以外は外に出ないようにしていました。あるとき、トイレに行こうとカーテンをそろりと開けてびっくり! 3人のカーテンは全開になっていたのです。そのうちの1人が、「カーテン開けとうなったらいつでも開けや。みんな同じ病気やき、恥ずかしゅうはないで」と声をかけてくれました。
 談話室では毎日、お茶会がありました。10人ほどのメンバーは自分の病気のこと、家族のこと、病気が治ったら挑戦してみたいことなど、思い思いに語るのです。一人一人の言葉に真剣に耳を傾け、深くうなずき、ときには一緒に涙を流したり―――。そして、「私らあはがん友達やで。カツラ友達ともいうけんど」と笑いながら、それぞれの病室に帰っていくのです。
 がんという病を抱えながらも、なぜ彼女たちは大いに語り、大いに笑っていられるのか、そのとき私には理解できませんでした。しかし、この患者さんたちを支えていたのは「ある言葉」だったのです。

患者同士が伝えていく、「言葉」

 高知の桜が終わるころには、私は少しだけ強くなったような気がしました。お茶会のメンバーが2人亡くなるなど悲しいときでも、私たち患者の心の中には小川教授からの「がんになっても、心までがんになってはいけませんよ」という言葉が残っていたからです。教授は患者さんに対して、わかりやすい言葉できちんと病状の説明をしたあと、今後の治療計画を示し、必ずこう言ってくださるのです。落ち込んでいるがん友達に出会ったら、誰かが「心までがんにならないで。私たちがそばにいる」と声をかけます。声をかけたりかけられたり、そのたびに少しずつ前向きになれるのです。
 高知と名古屋を行き来する生活も5年になります。地元の友人たちの支えもあり、退院後は娘の子供会の役員、小学校のPTA副会長を務めることができました。現在は、あるNPO法人の理事として頑張る日々を送っています。
 今の私にできることは、日々自分の前にあることをひとつひとつていねいにやっていくこと。つまり、「今 ここで 生きる」ことなのだと思っています。

 
医療の安全に関する研究会 理事会議事録
 

日時 2014年6月28日(土)午後1時30分~3時30分

場所 名城大学名駅サテライト(MSAT)会議室

出席者   以下のとおり9名、他に委任状11名

島田康弘、加藤良夫、北野達也、齋藤悦子、堤寛、増田聖子、松葉和久、池田卓也、品田知子(敬称略)

 

議題1.決算の承認の件

 齋藤常任理事より、別紙資料(平成25年度会計報告書等)にもとづき決算報告、別紙「監 査報告書」を回覧し、決算案を承認した。

2.予算の承認の件

 増田常任理事より別紙「平成26年度予算案」提案。単年度赤字の点、予備費が少額の点 等について指摘がなされた。「研究大会費」が多過ぎることや川柳に関する出版のこと等について意見交換がなされ、別紙のとおり予算案を修正(研究大会費を20 万円に減額し、出版費として30万円を計上)のうえ承認した。なお、川柳集の発行については、見積りなど を参考にして常任理事会で検討することとした。

3.役員改選の件

 島田理事長より、別紙「役員案」提案。役員の若返りの必要性等について意見交換の後、 役員案を一部修正(理事として松山健氏、監事として品田知子氏をそれぞれ選任)のうえ承 認した。

4.研究大会の準備状況報告の件

別紙チラシ案に基づき、本年12月7日(日)午前9時30分から藤田保健衛生大学フジタホール500(豊明市)にて第19回研究大会が開かれること、大会のテーマは「患者同士の支え合い、患者と医療者の協力による安心の医療」であること、ならびにその準備状況が報告された。参加費については、一般2000円、会員1500円、学生無料とする予定。

5.来年の研究大会(第20回)の件

 20年の記念の大会であり、医療事故から医療の安全を図る内容のテーマを念頭に置き、 大会長としては、加藤良夫常任理事を選び、準備を進めていくこととなった。なお、準備のため大会の事務局長を設けること等については、常任理事会で検討することとなった。


 
医療の安全に関する研究会 総会議事録
 

日時 2014年6月28日(土)午後3時30分~3時40分

場所 名城大学名駅サテライト(MSAT)会議室

出席者   以下のとおり10名、他に委任状42名

島田康弘、加藤良夫、北野達也、齋藤悦子、堤寛、増田聖子、松葉和久、 池田卓也、松山健、品田知子(敬称略)

議題

1~5   理事会に同じ


        平成26年度 医療の安全に関する研究会 役員

 

理事長  島田康弘 日本聴能言語福祉学院 学科長、名古屋大学名誉教授

常任理事・事務局長 加藤良夫 南山大学法科大学院 教授、弁護士

常任理事 北野達也 星城大学大学院 健康支援学研究科 医療安全管理学講座 教授

     齋藤悦子 摂南大学 看護学部 看護学科 教授

     酒井順哉 名城大学大学院 都市情報学研究科 保健医療情報学 主任教授

     堤  寛 藤田保健衛生大学医学部 第一病理学 教授

     増田聖子 増田・横山法律事務所 弁護士

     松葉和久 愛知きわみ看護短期大学 客員教授

理事        芦澤直文 横浜逓信病院 嘱託、元横浜逓信病院              院長

     池田卓也 医療法人淀井病院 顧問

     尾崎孝平 神戸百年記念病院 麻酔集中治療部 部長

     加藤 憲 椙山女学園大学/愛知淑徳大学 非常勤講師

     北川喜郎 多田法律事務所 弁護士

     篠崎良勝 聖徳大学 心理・福祉学部 社会福祉学科 准教授

     鈴木俊夫 鈴木歯科医院 院長

     出元明美 陣痛促進剤による被害を考える会 代表

     中田精三 市立伊丹病院 病院事業管理者

     藤原奈佳子 愛知県立大学看護学部 教授

松山 健 たいよう法律事務所 弁護士

山内桂子 東京海上日動メディカルサービス株式会社 主席研究員

監事   品田知子 元富士通名古屋支店健康相談室 保健師

     多田 元 多田法律事務所 弁護士







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