医療の安全に関する研究会
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「医療の安全に関する研究会」ニュース
Newsletter No.19
(2001.10.15発行)
 
巻頭言
 
第6回研究大会長・「安全教育」分科会担当理事
                  藤田保健衛生大学医学部第一病理学教授
                               堤 寛
 
 11月17日(土)に「医療の安全に関する研究会」が横浜みなとみらい“はまぎんホールヴィアマーレ”において開催する第6回研究大会にご参加いただきありがとうございます。
 今回の研究会のメインテーマは「医療事故がおきたとき、医療の安全の視点から」とし、午後の時間をたっぷり使って、公開シンポジウム「医療事故をいかに医療の安全に生かすか」を開催いたします。
午前中は、分科会報告に引き続いて、堤寛がわが国における医療事故対策の問題点を大会長講演として、とりまとめて解説させていただき、その後、ハーバード大学医学部の李啓充先生(Dr.Kaechoong Lee)に1時間ほどご講演をいただきます。米国での医療リスクマネージメントを踏まえて、重大な医療事故がおきたときの米国の病院における対応に関する実践的なお話が伺えると大いに期待しております。
 重大な医療事故(とくに死亡事故)がおきたときの対応については、行政、司法、医療関係団体、学術団体、市民・患者団体などによって、わが国でも活発な活動や提言がなされてきておりますが、今やこうしたさまざまな分野の人びとが一同に会して話し合う絶好の時期にきていると思われます。午後に開催される公開シンポジウムにはさまざまな分野の専門家に多数ご参加いただけることになり、大きな成果がえられることを心から期待しております。

本公開シンポジウムでは、以下の4点に絞った議論を行いたいと思います。
 医療事故による死亡事故などの重大な事故が発生したとき、@医療者はどのように対応・届け出すべきか。A医療機関内部において、事故の経験を再発防止にどう生かすべきか。B残された遺族をどのように救済してゆくべきか。そして、C解剖(病理解剖、行政・司法解剖)による死因解明の役割をどのように考えるか。
具体的には、@については、日本法医学会、厚生労働省、文部科学省から発表されたガイドラインでは、警察に届け出ることが推奨されておりますが、諸外国のシステムとの比較や医療者側の黙秘権の視点から、日本外科学会など種々の学術団体および四病院団体協議会から反対意見が提出されております。医師法21条(異状死の届け出義務)の解釈が問題となります。届け出は警察でいいのでしょうか、届け出のための第三者機関を設立するとすればどのように設立すべきでしょうか。
Aについては、病院内部における死因検討会(M&Mカンファレンス)開催の整備・充実、さらには、義務化・制度化が急務だと思われますが、残念ながら欧米と異なり、わが国では現実に事故の再発防止に有効に機能している施設は限られているようです。
Bについては、名古屋弁護士会・愛知大学法学部教授の加藤良夫氏らによって、“医療被害防止・救済センター”の設置が提唱されております。医療裁判の迅速化に対する対策はどうあるべきかも問題でしょう。
Cについては、わが国の国民解剖率は4%に達していないのが現状(欧米に比してたいへん低く、うち法医解剖は約1%)であること、監察医制度が東京・大阪・横浜・名古屋・神戸以外には機能していないこと、医療事故や急死例に際しての病理解剖と行政解剖の境界が不鮮明なことといった問題点が指摘できます。
シンポジストには、20分の発表を、指定発言者には総合討論の場で5〜10分程度のご意見をいただく予定です。各演者の発表内容を抄録集(「ニュースレター」および小冊子)にまとめて、会員および参加者に配布します。欲張って、日本医師会、政治家、医療者、患者、マスコミ、医療弁護士をはじめとするさまざまな分野の専門家の方々にご発言・提言いただき、本シンポジウムにおいて実りある討論や提言が実現できれば幸いです。皆さま、よろしくお願いいたします。

挿絵 吉田千鶴

 
医療の安全に関する研究会 第6回研究大会
医療事故がおきたとき〜医療の安全の視点から
 
日 時:2001年11月17日仕)午前10時より
場 所:はまぎんホール、ヴイアマーレ
     横浜市西区みなとみらい3−1−1
     (横浜銀行本店ビル1F、はまぎん産業文化振興財団)
     電話:045−225−2173 FAX:045−225−2183
参加費:一般 ¥1,000円  学生 ¥500円
    ・どなたでも自由に参加でさます。
郵便振替(口座番号00870−7−104540、名義:医療の安全に関す る研究会)にて、参加費をお振り込みください。追って、参加証をお送りします。当日参加も可能です。

    プログラム
  9:30〜        受付開始
 10:00〜10:05  開会挨拶   島田康弘理事長(名古屋大学医学部麻酔科)
 10:05〜10:35  分科会報告     司会:斎藤悦子(藤田学園保健衛生大学)
                    吉田嘉宏(医療をよくする会)
 10:35〜11:00  大会長講演  堤 寛(藤田学園保健衛生大学医学部病理学)
                     司会:宮治 眞(名古屋市立大学病院医療情報部)
               「わが国の医療事故対策の現状と問題点」
 11:00〜12:00  特別講演   李 啓充(ハーバード大学医学部)
                     司会:岡崎悦夫(新潟市民病院臨床病理部)
               「米国における医療過誤防止への努力」
  昼食
 13:00〜16:50  シンポジウム
               「医療事故をいかに医療の安全に生かすか」
                     司会:島田康弘(名古屋大学医学部麻酔科)
                       酒井順哉(名城大学保健医療情報学)
          シンポジスト (1)星 北斗(日本医師会常任理事)
                   (2)武見敬三(参議院議員)
                   (3)三宅祥三(武蔵野日赤病院副院長)
                   (4)阿部康一(医療事故市民オンブズマンメデイオ代表)
                   (5)田辺 功(朝日新聞東京本社編集員室)
                   (6)加藤良夫(愛知大学法学部教授・弁護士)
          指定発言    a)今中雄一(日本医療評価機構、京都大学医療経済学)
                   b)村田 勝(安田リスクエンジニアリング)
                   c)岡崎悦夫(新潟市民病院、臨床病理部長)
                   d)柳田邦男(評論家・作家)
                   e)富家恵海子(日本リサーチセンター、院内感染著者)
                   f)山内隆久(北九州市立大学文学部、人間関係学科)
 16:50〜16:55  次期大会長挨拶 酒井順哉(名城大学保健医療情報学)
 16:55〜17:00  閉会の辞    堤  寛(大会実行委員長)

  主催  医療の安全に関する研究会
  〒481−0001 名古屋市東区泉一丁目一番35号 
             ハイエスト久屋6F センター気付
             TEL O52−951−3931 FAX O52−951−3932
 
 
大会長講演 「わが国の医療事故対策の現状と問題点」
第6回研究大会長、「安全教育」分科会担当理事
               藤田保健衛生大学医学部第一病理学、教授
                堤 寛 Yutaka Tsutsumi, M.D.
 
重大な医療事故(とくに死亡事故)がおきたあとの対応については、いろいろな側面において、わが国は大きく後れをとっている。
医療者側からみてみよう。@すべての医療事故が医療ミスや医療過誤なわけではない。医療には、一定のリスクがつきものである。Aどの範囲の医療事故を届け出るかは現在のところ、医療者側に任されている。B届け出先が警察であるのはおかしい(警察官に医療の内容に踏み込んだ判断をその場でしろといわれても無理な話)。世界的にみて、警察に届ける制度をもっているのは日本だけである。Cすべての事故を自主的に届け出ろというのは、憲法38条に定められた黙秘権の侵害である。D医療者相互のpeer reviewができるシステムがあまりに貧弱で、不適正な医療行為を指摘しあうのに不向きな構造になっている(医局講座制の弊害)。失敗を次の医療に生かしにくい悩み・あせりがある。上司に逆らいにくい封建制のなかに生きざるをえない。
患者側からみてみよう。@医療に立ちはだかる3つの壁、専門性、密室性、そして封建制のために、医療の中身がみえにくい。医療側の情報公開が不十分であるため、何がミスだったのかがわかりにくい。Aインフォームド・コンセント、インフォームド・チョイスが不十分になりがちである(医療者側の責任だけでなく、患者側にも「お任せ医療」の体質から抜けきれない責任がある)。B被害者側は民事訴訟で争わねばならず、裁判に多大な精神的、経済的、時間的な負担がかかる。しかも、その結果得られるものは、金銭でしかない。迅速に患者、家族、遺族を救済するシステムができていない。C死因究明のために重要な解剖の実施率が低いため、死因を科学的に証明するチャンスがむざむざ失われている。
午後のシンポジウムでは、これら諸点についてさまざまな領域の方々によって、熱い議論が展開されることを大いに期待する。主たる論点は、以下の4つである。
医療事故による死亡事故などの重大な事故が発生したとき、
1. 医療者はどのように対応・届け出すべきか。
2. 医療機関内部において、事故の経験を再発防止にどう生かすべきか。
3. 残された遺族をどのように救済してゆくべきか。
4. 解剖(病理解剖、行政・司法解剖)による死因解明の役割をどのように考えるか。

病理医である発表者の役割として、「解剖」の意味について補足解説をしたい。
わが国の国民解剖率は4%に達していないのが現状であり、かつ年々減少傾向にある。この数字は、同じく解剖率の減少に悩む米国の12%に比へてもたいへん低い。データの公表されている国の中で最低の水準である。うちわけは、病理解剖が3%弱、法医解剖が1%である。
ただし、病理解剖については、日本病理学会が毎年、日本剖検輯報を発行して、3万体あまりの解剖データを一括集計、公表している。世界に誇るべき正確な死亡統計である。
ところで、解剖には、系統解剖、法医解剖、そして病理解剖の3種がある。
系統解剖は、献体された遺体を医学部の学生が系統的に解剖し、人体の仕組みを学ぶもので、医学の学習になくてはならない。その管理は、医学部の解剖学教室のしごとである。生前の意志で献体された遺体は大学の責任で火葬され、遺骨が遺族に返還される。
法医解剖(司法解剖、行政解剖)は、事件や事故で死亡した人を解剖して、死因を追求するもので、社会の治安維持になくてはならない。犯罪やその可能性のある「変死体」は大学の法医学教室で“司法解剖”される。“行政解剖”は病死と考えられる死因不明な死体、犯罪性のないと考えられる事故死(外因死)や自殺の死因の確認や病気との関連性をチェックするために、監察医務院あるいは大学の法医学教室で解剖される。遺族の承諾が必要なため、“承諾解剖”ともよばれる。
病理解剖は病理医の重要な職務である。病死した患者さんのもつ病気の診断、進展の度合、治療効果を判断し、死因を追求することによってつぎの患者さんの診療に生かす。医学生や研修医への教育の場としての意義も大きい。思いもよらない重大病変がみつかることもある。患者さんが優れた教師に変身する瞬間だ。
入院中に生じた突然死、あるいはふだん病院にかかっていた人が突然倒れてその病院に運び込まれてきた突然死の遺体(異状死体)は、多くの場合病理解剖され、原病と死因の因果関係が追求される。医療事故が原因の死亡や入院中の突然死の場合は、ふだん共同作業をしている医者仲間の医療行為に対する客観的判断が求められるため、病理医は医療の質の番人に変身する。当然、病理医が労災保険や医療裁判に関わる機会が増える。当然、解剖しても死因不明の場合もある。
病院外で発生した事故で亡くなった方や死因不明の突然死などに対しては、上に述べたように、大学や監察医務院で行政解剖が行われるのが原則である。法医解剖と病理解剖の境界線上にある入院中の突然死では、病理医にも法医学的知識と経験が要求される。大学から遠い地方の病院では、突然死のかなりの部分が病理解剖されているのが現実だ。常勤病理医のいない病院の多くでは非常勤の病理医が病理解剖を行っている。
米国では、法医学は病理診断のトレーニングに続くアドバンスコースになっている。法医解剖される人の半数以上は病死なので、法医学者にも病理診断の知識が要求されるためだ。わが国では、残念ながら、両者の交流は少ない。病理出身の法医学の先生方は例外的なのだ。しかも、法医学専門医の不足は、病理医に比べても決定的だ。法医学者は全国80の医系大学あわせてたったの150人。
社会のインフラとしてなくてはならないはずの監察医制度があるのは、わが国では東京、大阪、横浜、名古屋、神戸だけ。そのうえ、監察医務院が存在するのは東京と大阪のみだ。京都、札幌、仙台、福岡などを含め、地方都市での突然死、不審死が大学の法医学教室に持ち込まれるのはほんの一部。かなりの部分は病理医によって“病理解剖”されているのが現状だ。病理医による行政解剖サービスともいえるが、法医学的トレーニングのされていない病理医に多くを期待されても無理がある。いや、さらに多くの突然死、不審死は行政解剖的“病理解剖”もされずにうやむやにされている。寺沢浩一氏の「日常生活の法医学」(岩波新書687、2000)によると、監察医制度のない北海道では、行政解剖されるべきだった遺体1500体あまりの中から毎年1〜2体の他殺死体が見逃されている計算になるそうだ。
何といっても、医療事故症例を含めたすべての異状死が行政解剖できる監察医制度を、一刻も早く整備しなおすべきである。ただし、そのためには、行政解剖が行える病理学的素養を備えた法医学学者(ないし法医学的素養をもつ病理医)の人材育成と適正配置が必要となり、これがもっとも達成困難な点となろう。病理医、法医学者ともにそろっている大学病院では、病理解剖すべきか、行政解剖に付すべきか判断基準が明確化されるべきだろう。

  
特別講演   「米国における医療過誤防止努力」
ハーバード大学医学部 李 啓充

 ダナ・フアーバー癌研究所における抗ガン剤過剰投与事件、そして、タンパ市における切断足左右取り違え事件など、数々の医療過誤事例が報道された1995年、米国社会の医療不信は頂点に達した。
95年当時の米国の状況は、横浜市大の患者取り違え事件直後の日本の状況と酷似していたが、日本におけるその後の医療過誤防止努力が「医療者はもっと事故を起こさないように気をつけましょう」というかけ声だけに終始してきた観があるのに対し、米国では、わずか数年の間に、医療過誤を防止するためのドラスティックな改革の数々が積み重ねられてきた。 
 米国におけるこの間の医療過誤努力の特徴の第一は、医師・医学団体だけでなく、医療施設監査機構、行政をも巻き込み、「国レベルで改革の努力」が進んだことである。例えば、アメリカ医師会は、National Patient Safety Foundation(全米患者安全基金)を設立し、医療過誤防止についての科学的研究活動を支援するようになった。また、医療施設評価合同委員会(JCAHO)はSentinel Event(警鐘的事例)プログラムを開始し、患者にとって重大な結果をもたらした(あるいは、もたらし得た)医療事故について、個々の医療施設が、「根本原因分析」の手法を用い、システム・プロセスの問題点にさかのぽって事故原因を調査することを義務づけるようになった。
 根本原因分析の目的は、「誰が間違いを犯したか」ということを調べるのではなく、「何故間違いがおきたのか」を調べることにあるが、なぜなら、類似事故の再発防止という観点からは、「誰が間違いを犯したか」ということを目的に犯人深しをする調査は何の意味も持たないからである。さらに、事故防止対策の構築を個々の医療機関の努力のみに委ねるのは著しく非効率的であるとの観点から、JCAHOは報告された警鐘的事例のデータを集積・分析し、得られた結果を全米の医療施設に提供し、「誤りから学んだ教訓」をすべての医療施設で共有する態勢を整えた。また、米科学アカデミーの「5年で医療事故を半減させるということを目標に医療改革を」という勧告を受け、米国連邦政府は「省庁間横断・医療の質改善タスク・フォース(QUIC)」を設立し、連邦政府が管轄する医療保険・医療施設において医療事故防止のためのさまざまな施策を実施してきた。その中でも、連邦政府が運営するVeterans Administration Hospitals(以下、VAH。全米に約170の病院を有する米団最大の病院組織。患者は復員軍人とその家族に限られる点が異なるが、日本の国立病院に相当)では、従前の「リスク・マネジメント・プログラム」を全面的に改革し、「Patint Safety Improvement Progrm(患者安全性改善プログラム)」を新たに開始したが、このプログラムの特徴は次の5点である。
(1)「リスク・マネジメント」の呼称をやめて、「患者安全性改善」と、「病院にとってのリスク」を管  理するのが目的ではなく、「患者にとっての安全性」を改善することが目的であることを、呼称その  ものから明らかにしている。(アメリカ病院協会によると、「リスク・マネジメント」の定義は「病  院の資産を保全するための活動」であり、この言葉の本来の意味は、病院にとっての医療過誤「訴  訟」対策である)。
(2)VAHの職員は、ニアミスも含め、すべての医療事故を報告する義務を負う。
(3)事故の原因分析は「根本原因分析(root cause analysis)」の手法で行う。
(4)起こった事故から学んだ教訓をすべてのVAHで共有し、再発防止策の構築に当てる。
(5)患者・家族が事故が起きたことを何も疑っていなくても、職員は、事故が起こった事実について患  者・家族に開示し、受けた被害の救済制度についても説明しなければならない。
 さらに、ここ数年間の米国における医療過誤防止努力の特徴の第二は、「過誤を隠す文化」から「過誤を防止する文化」へと、医療の「文化」そのものの変革の必要性が強調されていることである。ここで、「文化」という言葉の定義は「ある集団の構成員が、お互い同士に期待する思考や行動のパターン」であるが、例えば、「同僚医師の間違いで患者に害が及んでも、訴訟沙汰になるといけないから黙っている」と、医療過誤を隠す「文化」がはびこる限り、「誤りから学ぶ」ということは、達成しようがない。また、医師の権限を絶対視し、医師の判断・指示について看護婦・薬剤師などが疑問をいだいた際に「医師に質問したら叱られるから黙っていよう」という「文化」がある限り、事故を防ぐためにチーム全体でチェックし合うということも、不可能である。ちなみに、VAHが医療事故の事実を患者に開示することを義務づけていることは上述したが、JCAHOも、今年の7月から「医療行為の結果が患者に害を及ぼした場合、その事実を患者に告げること」を全米の医療施設に義務づけるようになった。 
 医療過誤を巡る状況について、米国との比較で浮かび上がる日本の問題点は、以下の6点にまとめられよう。

1)医療過誤の質そのものが「お粗末である」こと:
 例えば、テキサスの病院で二ケ月の乳児が亡くなった強心剤過剰投与事件では、処方から過剰投与までの過程で多くの医療者が処方量に疑義を呈したにもかかわらず過剰投与がなされてしまったという経緯を辿ったが、日本で報道されている過剰投与事件は「医師が誤った量を処方しても、誰もチェックしなかった。患者に重大な結果が生じてから、初めて間違いに気がついた」というパターンがほとんどである。

2)社会に医療の質を保証するための制度・施設が整っていない:
 米国こおいては、JCAHOが病院などでの医療の質を社会に保証する機能を担っている。JCAHOは「公的医療保険指定医療機関」を選定する権限を与えられており、JCAHOからその指定をはずされた医療施設は経営が成り立たなくなる。そういった意味で、JCAHOは、医療施設に対し「強制力」を持った審査を行うことができる制度となっている。また、個々の医師については、各州の免許監察局が医師免許の管理を通じてその資質を社会に保証する役割を担い、能力に問題がある医師からは免許を剥奪するなどの権限が与えられている。

3)インフォームド・コンセントが未熟:
 「知らしむべからず、依らしむべし」の言葉に象徴されるとおり、日本においてはインフォームド・コンセントとは正反対の医療が長い間行われてきた。その結果、日本における医療過誤訴訟は、「医師がインフォームド・コンセントのルールを守らずに治療を行った結果の損害」が争われる傾向が強い。また、インフォームド・コンセントについても「訴訟逃れの書式」とする誤解がはびこり、「医師と患者が治療の目標を共有し、共同で治療プランを作成するプロセス」ということが理解されていない。

4)国家的対応の欠如:
 米国における国レベルでの努力は上述したとおりであるが、「全米レベルでデータを集積し、誤りから学んだ教訓を共有する」という態勢を作った米国の努力に比べると、日本の行政・医療団体の対応にはやる気が感じられないと言わざるを得ない。某省の医療事故防止関連の会議で、「何かアメリカの報告でパクれるものはないか」ということが討議されたことに象徴されるように、日本の行政は「ボーズ」だけの対応に終始していると言わざるを得ない。国立病院の医療事故におけるデータについても、「部分的」公開(ほとんど黒塗り)にとどまり、そのパターンを分析し再発防止策構築に役立てる努力は全く見られず、米国の国立病院(VAH)の姿勢とは著しい対照をなしている。

5)再発防止を目指すのではなく、個人のミスを責めることに終始:
 日本では医療事故を「刑事事件」として警察が調査を担当する制度となっているが、再発防止の観点からは、まったく後ろ向きの制度といえる。「誰が間違いを犯したのか」という「犯人」探しを目的とする調査は、再発防止には何の寄与もしないからである。また、米国では、過誤に関わった医療者が「刑事告発」を受ける事例は極めて稀であり、医療施設・個々の医療者に対しては、医療を専門とする当該行政部局が調査・処分を行う制度となっている。

6)医療事故の原因分析手法が定着していない:
 米国では、「根本原因分析」が医療事故の原因分析の標準的方法として定着しているが、日本では「事故の原因調査方法」も行き当たりばったりの観がある。真剣に国レベルでの情報収集・分析を行おうと考えるならば、事故原因調査の標準化を達成することが必須である。
 
 最後に、主催者から与えられた「四つの課題」について、私見を付記する。何よりも強調されなければならないのは、これらの課題に対する答えを考える際の大前提は、「再発を防止する=次の犠牲者を出さない」という観点から考える、ということである。
(1)医療者による届け出:
 日本の現行の制度で問題になっているのは「不審死に対する警察への届け出義務」と理解しているが、上述したように、警察への報告も、警察による調査も、何ら、再発防止には寄与しない。「一罰百戒」ということが制度の主旨であるのだろうが、「手術で患者が死んだら医師の両手を切り落とせ」という四千年前のハムラビ法典式の考えは、医療過誤防止の観点からは、時代錯誤以外の何物でもない。また、米国では行政当局に対する報告を義務化している州が半数を占めるが再発防止という観点からの調査が目的であり、「犯人を罰する」という日本の制度とは根本からその主旨が異なる。さらに司直・行政に対する「報告義務」とは別に、患者に対する「開示義務」を早急に制度化することが望まる。

(2)院内の死因検討委員会のありかた [M&M(mobidity&mortality)カンフアレンスの導入]:
 M&M(mobidity&mortality)カンフアレスは、予期せぬ患者の死に際し、「患者の死を防ぐために、他にやり様はなかったか」と、「よりよい医療の質をめざす」ことを目的に討議するものであり、医療事故の防止とは目的を異にする。しかし、「誤りから学ぶ」という主旨は共通する上、死因検討の過程で過誤の事実が明らかになることもあり、医療事故の再発防止という観点からは、日本でも積極的に普及されるべき制度であろう。

(3)残された遺族の救済策(救済機関の設立と裁判の短期化):
 医療過誤の被害が、患者・家族が裁判を起こさないと救済されないという制度は、根本から間違っていると言わざるを得ない。1991年にハーバードの研究グループがニューヨーク州での調査を基に「3万件の入院で医療側に過失が認められた280件のうち、医療過誤訴訟となったのは8件のみ(逆に医療過誤訴訟は51件起きたていたが、そのうち医療側に過失があったものは8件だけ)」という結果を発表している通り、訴訟によって医療過誤の被害を救済するという制度は合理的に機能していないどころか、この制度の元では「社会に著しい不正義がまかり通っている」と言わなければならない。2000年9月に米連邦政府などが主催した「医療過誤防止サミット」で、医療過誤の被害者を代表して、夫と生まれたばかりの長男とが相次いで医療過誤にあった体験を持つスーザン・シェリドン女史が証言したが、彼女は、「訴訟だけが残された手段なのでしょうか?医療過誤の被害者に唯一つ残された救済手段が、情報の開示を妨げ、医療制度の変革に何ら寄与しないものであるということは、全く逆説的であると言わなければなりません」と、語っている。労働者が職場で働いていて事故に遭遇することが避け得ないのと同じで、患者が医療の場で事故に会うことも避け得ない。労災の制度に準じた形で、医療事故についても救済制度が用意されるべきである。

(4)死因究明策(解剖のありかた〜監察医制度の見直し・拡充):
 解剖制度をどうするかという問題は、医療過誤の防止という観点からは、副次的な問題としか言えない。例えば、「医療事故例を、法医解剖とするか病理解剖とするか」という設問については、「医療事故を刑事犯罪とする」制度からは、当然、法医解剖となろうが、「医療事故は犯罪」という立場そのものが、再発防止という観点からは何の意味も持たないと筆者は考えるからである。


 
シンポジウム 「医療事故をいかに医療の安全に生かすか」
司会  島田康弘(名古屋大学医学部麻酔科教授)
     酒井順哉(名城大学保健医療情報学教授)

シンポジスト 指定発言
     星 北斗(日本医師会常任理事)
     今中雄一(日本医療評価機構・京都大学医療経済学)
     武見敬三(参議院議員)  
     村田 勝(安田リスクエンジニアリング)
     三宅祥三(武蔵野日赤病院副院長)
     岡崎悦夫(新潟市民病院臨床病理部長)
     阿部康一(医療事故市民オンブズマン メデイオ代表)
     柳田邦夫(評論家・作家)
     田辺 功(朝日新聞東京本社編集員室)
     富家恵海子(日本リサーチセンター・院内感染著者)
     加藤良夫(愛知大学法学部教授・弁護士)
     山内隆久(北九州市立大学文学部、人間関係学科)


 
シンポジウム 「医療事故をいかに医療の安全に生かすか」
司会のことば
島田 康弘(名古屋大学医学部麻酔科教授)
                      酒井 順哉(名城大学保健医療情報学教授)
 
 今日、病院では各種の医療技術を用いた診断や治療により患者の救命やQOL(Quality of Life)を高めるべく、最大限の努力が講じられ成果が上がっているが、医療事故によって、患者が重篤な傷害や死亡に至るケースがある。
 最高裁の調べによると医療過誤による訴訟件数は年々増加の一途を辿っており、医療過誤の発生が医療体制の信用を揺るがしかねない状況を作っている。
 裁判所の訴訟事例やマスコミ報道の件数をハインリッヒの法則に適用すると、医療事故全体の氷山の一角であり、その背後に多くの医療事故、あるいはニアミスが発生していると考えられる。
 医療事故の発生によって、患者や家族が不幸になるばかりか、事故当事者はもちろん当該病院も大きな賠償を支払うことを考慮すると、医療事故を未然に防止する診療体制が如何に重要かは誰もが同感するところであるが、同じような医療事故が繰り返されている。
 現在、医療事故の防止対策として、リスクマネジメントの手法が導入され、ヒヤリハット事例(インシデント)からその再発防止を図る工夫が多くの病院で取り組まれるようになり、医療事故の再発防止に繋がっている。一方、医療事故を起こした病院は、医療スタッフの責任問題や病院の信用を恐れ、対外的にその内容を公開しない傾向にあり、その原因を隠蔽したことで他の病院で類似した医療事故が発生し、事故防止が後手に回る。
 現在、厚生労働省では、全ての医療機関に対して自主的な医薬品・医療用具等安全性情報の報告を求めており、他の施設でも再発するインシデント事例や医薬品や医療機器・医療材料などの不具合を共有のものとすべく公表している。
 一方、重大な医療事故については、厚生労働省ならびに文部科学省では、それを警察に報告すべきであるとの指針が出されている。このことは文部科学省の「医療事故防止策の策定に関する作業部会」からの提言(平成13年3月)にもあるように、医療従事者に対する刑事制裁ということを自ら認める意思表示ともなるもので、事故分析・結果の共有、再発防止、被害者救済の観点からもう一度見直すべき事項ではなかろうか。今回、各方面の有識者を集め、様々な角度から医療事故を如何に医療の安全に生かすか考えてみたい。
 
 
抄録 日本医師会の取り組みと今後の課題
日本医師会常任理事
星 北斗
 
 患者の安全の問題が各方面で大きな波紋を広げる中、日本医師会は患者の安全に関する活動を重要課題の一つと捉えて取り組んでいるところであり、その概略を報告する。また、医療事故対応の問題と患者の安全確保のためのアクションとを切り離して考えていくという、現時点での基本的な考え方を紹介するとともに、最新の委員会報告について紹介する。また、個人的な意見ながら、将来に向けての検討項目を掲げて討論の素材としたい。
 いまこそ現瘍と行政、法曹界、その他の関係者が真摯な議論を重ねて前に進むことが求められており、このシンポジウムから得られるヒントを生かして日本医師会の医療安全対策推進の一助とすることを期待している。

1 日本医師会の取り組み
 1997年に医療安全対策委員会を設置し「医療安全」という新しい概念のもとに様々な議論を進めた。この委員会の1998年3月の「医療におけるリスク・マネジメントについて」と題する報告書は、医療安全に関する基本的な考え方を示した。すなわち、医療における安全の確保とは「患者の立場に立ち、患者が安心して医療を受けられる環境を整えること」であると定義づけ、これを基本理念とした上で、ややもすれば「訴訟対策」に傾倒してしまう危険性を指摘した。訴訟や紛争を嫌うゆえに、医療従事者が萎締的、防衛的な診療に流れ、危険性が高い医療技術の利用やリスクの高い患者の診療拒否などを引き起こし、結果として患者の不利益に繋がる可能性を危惧している。
 日本医師会における患者の安全対策をより具体的に進めていくことを目的として、2000年7月に「患者の安全確保対策室」常置組織として会内に設直した。そして、この対策室の事業として、7月と9月には「患者の安全に閲するセミナー」をアメリカ医師会との協力のもとに二回にわたって開催し、日米共通の認識として事故が起きたときの個人の責任追及を全面に打ち出すという姿勢ではなく、原因を追求することに主眼をおいて再発の防止に繋げていくことへと発想を転換していくことが義軍であるという結論を得た。しかしながら、同時にこの転換を図るための環境の整備が必要であるということを確認し、制度的な問題、法制上の問題、患者との関係、事実関係の把握と患者とのコミュニケーション、医療従事者同士の共通理解とコミュニケーションの拡大など具体的な内容も整理された。さらに、医療機器に起因する事故を未然に防ぐことを目的として、本年「医療安全器材開発委員会」をプロジェクトとして組織し、安全製品開発を念頭に検討をはじめた。昨年厚生省が行政主導で行った幾つかの改善策が実行を挙げていないことを指摘しながら現在議論を進めているところである。

2 現在の具体的な事業等   
(1)安全な医療器材の開発に関する調査
 医療安全器材開発委員会が7月に実施した「安全な医療器材の開発に関する調査」は、医療機器等に関連した事例に限って情報提供をお願いし、多くの医療機関からデータが寄せられ、章重な資料が得られたところである。この際、文書をファックスによる回答方法に加えてインターネット上での回答を求めたところ、3.0%の医療機関からオンラインで返答を得ることができた。また、幾つか医療機関からは「これまでにも多くの問題点を指摘したが、メーカー、行政ともに反応が鈍く、一医療機関の意見として扱われることが多く、不満を感じていた。日本医師会が今後も継続的に問題点を収集して、医療現場の意見として関係機関に働きかけを行うことを強く望む」という意見が出されている。
(2)医療安全推進者養成講座
  日本医師会が通信教育として本年2月に開講した、医療安全推進者養成講座においては、約600名の熱心な受講者が来春の修了を目指して学習に取り組んでいるところである。この講習を受講している者の多くは、それぞれの医療機関において実務に取り組んでおり、お互いの情報交換を強く望んでいることがアンケート等を通じて明らかとなっている。この講座の修了者は、実務を担当していることに加えて、この講座を履修したことによって医療安全の問題を捉える視点や、情報交換の重要性を認識した集団として高いレベルでの議論が出来る一群と捉えることが可能である。修了者相互の情報交換や経験の発表の機会が求められていることは明白である。
(3)情報交換のための研究会の設立・運用
 当面、来年第一回生を輩出する日本医師会医療安全推進者養成講座の修了者を対象に研究会を設立し、日本医師会は運営の支援を行うことを検討している。
 共通の課題に現場で取り組む修了者は、無条件に出させる報告とは違った価値のある情報を持っているために、意義のある活動になることが期待されるからである。項在のところ具体的にはホームページ上で報告や情報交換が行えるバーチャル空間を設置、運営することを想定している。このような活動を通じて本当に役立つ情報の収集・分析・提供のあり方を探ると共に、医療機器メーカーなど医療関連業界や行政へ現場の要求を伝える窓口としたい。

 
抄録 医療事故を医療の安全に生かすための国政の役割
(基調4テーマを横断的に)
参議院議員
                  武見敬三
 
近時、報道マスメディアにおいて、医療事故の問題が頻繁に取り沙汰されておりますが、その原因には様々ものが考えられます。疾病そのものの複雑化、医療機器技術の急激な高度化、医療従事環境の悪化、それらに患者及び家族の権利意識の高揚が相俟って医療事故問題がクローズアップされるに至っていると考えています。
殊に、患者家族の権利意識の強まりは顕著であり、「医療は、人の身体生命に直接的に作用するものだから、ある程度の医療事故の発生は止むを得ない」という考え方はもはや通用しない社会となりつつあります。ただ、医療技術の限界等に照らせば、医療事故を完全に廃することはなかなか困難であることもまた事実であります。
従いまして、医療事故の原因究明や根本的解決と同時並行的に、患者、医療者(医薬品開発者を含む)、国の当事者各々が医療事故にどのように対処し、今後にどう生かしていくのかを考えることが、非常に重要になると考えます。

現在の状況では、医療事故に際して、その当事者である「患者」「医療者」が自ら直面している問題や立場を犠牲にして社会的視点をもって行動せよ、ということは無理に等しいといえます。具体的には、自分自身や近親者が医療事故に遭ったとき、冷静に医療技術の発展のためを考えることができるか、また逆に、医療事故が発生したとき、医療者は、直後の訴訟等の問題を捨象して再発防止に向けた原因究明患者説明情報開示公表を積極的に行うことができるか、ということであります。

“医療事故をいかに医療の安全に生かすか”を考えるとき、このような立場に置かれる当事者に、その答えを求めるのは酷でありましょう。まず、為すべきことは、当事者が社会的視点を持つことのできる下地、素地を作ることであろうと考えます。すなわち、医療事故を社会的事故として捉え、被害者加害者の関係を作らず、当事者双方の救済擁護の途を確保しつつ、医療事故を医療の安全に繋げる環境を制度的に整えることが急務であろうと考えております。具体的には、患者側は、医療機関への訴えや請求によらなくとも救済が図られなければなりませんし、医療者側は、個人責任追及の脅威から擁護されなければなりません。(この場合、「医療事故」と「医療過誤」は明確に区別されなければならないことは言うまでもありませんが)
特に、本シンポジウムのテーマでもある「医療者の届出の問題」「遺族の救済」「解剖に関する問題」は、いずれも具体的な医療事故から個別の解決方法を超えた“医療事故を医療の安全に生かす”という社会的な問題解決に向けた糸口を掴むことは困難でしょう。
社会的な素地があってこそ当事者は安心して「原因究明」「情報開示公表」を積極的かつ協力的に行うことができ、医療安全に向けた第一歩が踏み出せると確信しております。そして、その社会的な素地を整備することが、国会および行政の役割であると考えます。
国政担当者として、我が国の「医療技術機器の水準」「医療保険制度」を守り、日本を世界に誇る健康長寿立国としてさらに発展させるためにも、負の部分ともいえる医療事故問題の解決を当事者のみに任せるのではなく、「国として何をすべきか」を考え、医療の安全に生かす“素地”作りを牽引していきたいと考えております。

 
抄録 医療事故防止を進める上での今後の課題
武蔵野赤十字病院 副院長 
                   三宅祥三
 
医療事故が多発してきた背景には日本の医学教育、医療システムなど広範にして根深い問題が沢山ある。医学教育の問題では、まず医師になる前に社会人として充分教育を受ける必要がある。医学部の教育が知識の習得と研究中心に偏重してきて、臨床医学〔医療学〕教育が充分行われるシステムが育ってこなかった、という日本の医学部教育が抱えてきた歴史的、組織的な問題がある。医療事故の多発はこれらの制度疲労が表れた一つの現象と見ることも出来る。現行の医学部教育を踏まえた上で考えられる一つの改善策は東海大学の黒川教授が提言しているように、卒後研修を卒業大学とは切り離して、いろいろな大学の卒業生が交じり合って研修病院で行う事であろう。そうすることで、各大学間と各研修病院間に競争原理が働いて、よりよい医療と教育が行われるようになると思われる。卒前、卒後教育のなかでの医療技術の習得と標準化の方法の一つとして、将来バーチャルリアリテイを利用した訓練設備が出来てくると、単に技術の習得だけではなくて手術や救急医療といったチーム医療の訓練にも役立つのではないかと期待される(航空業界のシュミレターに相当)。医療界、並びに各医療施設が「失敗に学ぶ」姿勢をもち、まず医師達がプロの医師集団として自らの問題は自分達の手で解決していくという責任ある自浄作用が働くシステムを持つべきであろう。そうすればそのような己の襟を正す姿勢は各職場に広がっていくはずである。各施設でインシデント、アクシデントを集めて分析をして病院システムの問題点を改善していくと共に、国家的な第三者機関(患者安全センター)を作って、そこに情報をあつめて、事故が医療者側の過誤によるのか、避け難い不可抗力に依るのかの判断や、事例分析から生まれた改善策を全国の医療機関に発信するような仕組みが必要であろう。医療被害者の救済については医療訴訟と言う裁判で救済するのではなく、もっと別の形での救済システムが考えられないかと思っている。その前提条件としては、標準化された医療が誰でも受けられるような医師の教育と評価の仕組みが必要であろう。ことに不可抗力の事故については、患者さんは勿論であるが、それに係わった医師、看護婦と言った医療従事者をも含めた救済制度が必要である(医療界の労災保険)。このような救済制度とインシデントレポートの法的保護がなければ正確な情報が医療従事者から集まらないであろうし、より良い改善策も生まれないと思われる。
 本来、医療は人間という不確実性に充ちた存在の上で行われる行為であり、多くのリスクを背負いながら発展してきた。この発展した医療の成果を多くの国民は享受していると思う。しかしこの医療の発達に含まれるリスクはすべて医療従事者が負うものであろうか?むしろ医療に含まれる避け難いリスクは、医療の成果を享受している国民全体で等しく分かち合う気持ちが必要ではないかと考えている。
 医療従事者も「医療の質の改善」に積極的に取り組むべきである。医療の質の改善という観点から考えると、画像診断が発達して以前より病理解剖例が減少してはいるが、死因不明例や突然死については積極的に解剖して死因を明らかにすべきである。これは患者家族にとっても、医療者にとっても納得の行く結論を導き出す重要な方法である。臨床病理医は各臓器の変化から病気の全体像を把握できる唯一の専門職である。臨床病理医はもっと積極的に臨床検討会に参加して発言をすべきである。メデイカルオ−デイットの中で臨床病理医が果たす役割りは大きいし、社会的にももっと認知されるべきである。
 以上の如くさまざまな問題を現在の医療システムは抱えているが、我々が目指す目的は唯一つ「患者さんへの安全で質の高い医療」である。患者さんが安心して医療が受けられる一方で、医療従事者も安心して働ける医療環境が一刻も早く整備される必要があると考えている。
 
抄録  医療事故をいかに医療の安全に生かすか
医療事故市民オンブズマンメディオ 代表
                   阿部康一
 
(1) 医療事故の届け出
医療事故は、病院という閉鎖的な環境で発生するため、隠されることが多い。公になる場合でも、良識ある関係者の内部告発を発端とすることがしばしばである。また、被害者は医療という専門性の壁にはばまれ、被害者自身が医療事故の真相を知ることには、非常な困難がつきまとう。裁判を起こさなければ医療事故の真相を知ることができない現状は、医療事故被害者に対して過酷である。そのような中、都立広尾病院事件で医師法21条違反が問われてから、死亡事故が警察に届けられるようになってきた。また、国立大学付属病院や国立病院は、医療事故の届け出を促進する方向にある。そしてそれは都道府県のレベルに広がりつつある。メディオのアンケート調査によると、回答のあった32府県のうち12府県が、病院に対して医療事故報告を義務づけている。
このような流れは、医療事故被害にあった患者や遺族の権利を尊重し、医療事故の再発防止を図る上で、好ましい状況である。交通事故同様に、報告義務が、事故再発防止の第一歩なのであるから。
医師法21条については、医療事故による死亡を含むと解釈すべきであり、日本法医学会の異状死ガイドラインにしたがって届け出るべきである。ただし、その解釈をめぐり様々な議論があるので、医療事故が社会問題として認識された現在、報告義務を傷害事故にまで拡張し、改めて法制化することが必要である。

(2) 医療事故調査機関
医療事故は、日本全国で毎日のように発生している。従って、医療事故を調査する機関には、24時間365日、全国どこでも調査が可能な体制が求められる。行政改革が叫ばれている中、それを一から作るのは、現実的ではない。その機関としては、他の事故調査と同様に、ある程度の強制力を持ち、事故を捜査するノウハウを持つ機関、すなわち警察が妥当である。特に、業務上過失致死・致傷の疑いがある場合、警察が捜査するのは当然である。
ただし現在の警察では、医療事故を調査するリソースが限られているので、それをバックアップすべく、医療事故専門の調査機関を設立することを要望する。その機関においては、病院・病院関係者・患者・警察などから広く医療事故情報を収集し、調査結果に基づき、再発防止に関する対策を医療機関に要請したり、医療情報 (病院・医師の安全度情報を含む) を市民に公開したりする業務を担う。
(3) 医療機関内部における再発防止対策
医療界においては、他の医師を批判しないのが、医師に求められる倫理であるという。特に日本では、同じ病院で働いていても、出身医局によって治療方法が異なることがしばしばである。医療機関内部のピアレビューや相互評価を進めることにより、医療者のスキルを高め、未熟な技量による医療事故を減らしていただきたい。
また医療関係者が、勤務先の医療事故情報を被害者やその家族、監督官庁等に伝えた場合、その関係者が勤務先から処遇面等で不利益を被らないように、地位を保障する制度の法制化 (例: 英国の「公益公開法」) が必要である。
  千葉県富里病院院内感染事件を 91年12月保健所に告発した2医師は、その直後解雇された。解雇無効を求めて提訴した結果、95年地裁判決で原告勝訴した後、97年控訴審でようやく和解に達している。

(4) 残された遺族の救済策
医療事故被害者の遺族の主な願いを以下に示す。
・医療事故の真相を究明し、納得のいくように説明していただきたい
・責任の所在をあきらかにし、心から謝罪していただきたい
・重大な医療ミスによる事故の場合は、医師免許停止・取消し等の処分を介して、加害者の再教育がなさ れ、安全な医療を保障する体制を確保していただきたい。
・医療事故から学び、再発防止策を図ることにより、同じような事故による被害者をなくしていただきたい。
・経済的損害、精神的損害を補償していただきたい。
現状では、悲しみに打ちひしがれた遺族自身が立ち上がることなしに、これらの願いが叶えられることはあり得ない。被害者にとても冷たい社会なのである。
医療機関が医療事故を自発的に報告し、警察を含む第3者機関が事故調査し、医療事故の真相を究明するシステムが制度化されることが、遺族の救済策の第一歩である。そのためには、医療機関が自発的に医療事故を報告するしくみ (自発的に報告しないと医療機関が不利益を被るしくみ) の必要性を強く訴える。

(5) 解剖 (病理・行政・司法) による死因解明の役割
医療事故被害者の遺族から見ると、被害に遭った病院の医師による病理解剖に信頼を置くことはできない。公正な死因解明の観点から、全国どこでも監察医制度が機能し (現状、都内23区・横浜市・名古屋市・大阪市・神戸市のみ)、当該病院以外の第3者が死体を検案し、必要に応じて行政解剖・司法解剖する体制の構築を望む。

 
抄録 医療事故をいかに医療の安全に生かすか
朝日新聞編集委員
                   田辺 功
 
 最近、非常に多い医療事故報道には胸を痛めている。医療事故そのものも増えてはいるが、医療事故が隠されず、明らかになりつつあることが大きな理由であろう。私は20年近く前から医療事故の取材を試みた。しかし、当時は、大学や病院がちきんと対応してくれたことはまれであり、内部告発者を探し回って、断片的な事実をつなぎ合わせることしかできなかった。私は医療事故報道は医療関係者にも有益と信じて報道したのに、医療関係者の大部分は冷淡で、出入り禁止をくらったこともある。「間違っている」といいながらどこが間違いかの説明もなかった。医療は専門家のもので、高度な知識のない患者家族やマスコミ連中には説明しても無駄、という意識が強かったと思う。こうした医療界の姿勢が、事故を減らす方向に向かわず、隠蔽するだけに終わったと思う。
 私は日本の保険医療は実質的に厚生労働省が取り仕切る国営医療と認識している。医療は特殊な分野で、もともと非常に危険な要素がある。人体にメスを入れ、あるいは劇薬を処方することは本来なら犯罪であるところを、医師という職務の特別性で適法としているほどである。どんなに正しい処置であったとしても、何人も医療行為の危険をゼロにすることはできない。さらに、常に正しい処置がなされる保証はなく、過失もまた、ゼロにすることはできない。テロ事件が起きたが、空を飛ぶ航空機の墜落をゼロにすることができないのと同様だ。こうした危険な業務を行っている保険医療が、制度のなかでまったくの救済策、防止策をこれまで考えずにすませてきた、ということがそもそも不可思議である。また、業界である医療界としても同様だ。
・死亡事故をだれに届け出るか、の問題である。日本法医学会などのガイドラインは、警察に届けるよう求めている。医師法の異状死の届け出義務は、本来は犯罪に起因する疑いのある場合と考えられる。現場の医師が納得できない死亡時は届け出る必要があるのはもちろんだが、ある程度病気との関連が認められる死亡が、病気の専門でもない警察で事件性を解明できるはずがない。警察署管内に病院がゼロのところはほとんどないはずで、仮に、原則として警察に届けるならば、各警察署に医療警官を養成・配置するなど、対応が必要になる。その場合、死亡事故でなければよい、とはならないから、必然的に数万件の捜査が行われることになろう。
 こうした警察頼りは、一見中立的に見えるが、そうした制度の裏付けなしでは、医療界側は無責任のそしりを逃れられまい。
 私は、届け出は事件性の疑いのあるもので十分だと思う。病院の医師がすべて気づかない事件であれば、見落としがあってもやむをえない。だれもが気づかなければ一般社会でも完全犯罪である。
 むしろ、保険医療を取り仕切る国・都道府県か、都道府県単位の医療界のチェック機構がよいと思う。都道府県ならば、医療事故担当課を置いて、医師を含めた医療事故調査官を任命する。医療事故調査官をかなり独立性の高い国家公務員の専門職にし、全国規模で異動するのも地元からの圧力や癒着を避ける意味で懸命かも知れない。医療界など業界の自主チェック機構も一案だが、日本医師会の相談窓口は最初から医師側に立った応対が目立つため、患者側の信頼が得られない。第三者のメンバーを入れる手はある。加藤弁護士の医療被害防止・救済センターも有望とは思うが、これだけ多くの事故になってくると、保険制度自体がある段階までは対応した方がよいという気もする。

・医療機関内部の再発防止はさまざまな努力が必要である。米国では病院の専門委員会が多い。事故再発防止委員会がニアミス事例を分析し、ハード面の改良やソフト面の提言などをする。大阪大学病院などはかなり大がかりに始めていると聞く。自分の病院の委員会の最大の欠陥は、ニアミスや小さな事故
・事件はいいが、大きな事故ほど隠す傾向に走りやすいことだ。病院の存亡にかかわるような事故が起きた場合に、公正な調査、公表は簡単なことではない。私はかねてから、日本の医療保険制度が、質の評価を無視してきていることを非難してきた。根本対策として、医療の質を高めるほど収益が上がるシステムを導入するのが望ましい。死亡者が多いことが病院の存続にかかわる、とすれば、死因検討会などは当たり前のことだと思う。仮に外科の特定の医師の成績が非常に悪い、別の内科医の治療だと入院が長い、といった場合に、本来は院長や理事長が首を切れれば問題がない。「○○大学の眼科は成績が悪いので、新しい眼科教授を公募する」といっかことが、最終的に起こらなければ、本当のいみでの再発防止は難しい。

・残された遺族の救済は、明らかなケースは一定の基準で賠償する制度が必要だ。医療保険制度のなかに、自動車のような賠償制度を置き、範囲を超えるもの、複雑な事例、争いの判定が求められるケースを裁判に、という制度が必要だ。今のままでは、裁判官も大変だし、弁護士も対応できない。医療被害防止・救済センターも現実性がある。
・解剖による死因解明の役割は重要だ。ほんの一部しか行われていない監察医制度を全国に広げる必要がある。日本は解剖が極端に少ないため、医療事故原因も結局はうやむやになっており、本来は病気による死亡も事故的に受け止められやすい。背景には、臓器提供と同様、遺体を傷つけることへの抵抗がある。これを超えるには表題通り、「医療の安全に生かすために解剖がいかに役立つか」、その意義を広く国民に知らせていかねばならないが、医療不信のこともあり、なかなかうまくいっていない。医療不信の解消は個々の医療現場の責任でもあると思う。

 
抄録 医療事故をいかに医療の安全に生かすか
愛知大学法学部教授・弁護士
                    加藤良夫
 
1、医療被害者は「五つの願い」(@原状回復、A真相究明、B反省謝罪、C再発防止、D損害賠償) をもっている。医療機関において、医療事故とりわけ患者が死亡するという重大事故が発生した時に は、遺族は真相の究明を求めているし、再発防止を心から願っている。
医療被害者の「五つの願い」を正しく踏まえてこそ「安全対策」は真の機能を果たすことができよう。

2、しかしわが国では、死因を解明するための公正なシステムが不備であり、医療事故の真相並びに原 因・背景を究明する過程でも種々の困難が存在している。

3、再発防止のためには、実情を正しく把握することが欠かせない。しかし、わが国ではニアミスを含め 事故にかかわるすべての情報を集約し分析し教訓化して医療現場にフィードバッグするシステムが 存在していない。

4、医療被害を速やかに救済すると共に当該事例から教訓を引き出し、再発防止、診療レベルの向上 に役立てる新たなシステムが必要である。
シンポジウムではひとつのたたき台として「医療被害防止・救済センター」構想を紹介する予定である。

 
抄録 医療機関における安全確保の「システム」構築
京都大学大学院医学研究科医療経済学分野教授
            日本医療機能評価機構理事
   今中 雄一
 
医療の安全の確保をめぐっては、制度や法体系、医療機関、医療提供者、受療者、第三者機関・専門団体などさまざまなレベルでのアプローチが必要である。本論では、医療機関のレベルでの安全確保に焦点を置く。
医療機関のレベルで医療の安全を確保し事故を予防するためには、単発的局所的な対策にとどまらず、医療提供組織を安全確保のためのシステムとして構築し成長させていかねばならない。日本医療機能評価機構の新評価体系[試行版]の該当領域は、いかに安全確保のシステム構築を行うかの一つのフレームワークを示すものである。その概要を記す。

【医療における安全確保のための体制】
医療の安全確保のためには、個々の医療者による努力に加え、組織全体での取組みが必須である。その際、体制作りや必要な資源の手配、指針と手順の確立、情報の収集・活用と改善、教育訓練、と言った点でリーダーシップの役割は大きく、また、医師による積極的な取組みが鍵となる。組織内での患者の安全に関する情報の報告が容易にでき、個人の責任追及でなく組織のシステム改善に取り組む組織の姿勢や文化(いわゆる“安全文化”)を構築することが重要である。
また、患者の安全確保を保証する体制を整備するためには、個々の職員の高いレベルのスキルの維持向上とともに、患者の安全を確保するシステム向上のための職員の姿勢・組織文化の醸成や、院内の方針や手順を徹底することなどが重要となる。

【医療における安全を確保するための手順の確立】
医療の安全を確保するための重要な手順が各領域で具体的に確立していなければならない。内外の最新の情報を活用して、誤認の防止、情報伝達のエラー防止、リスクの事前把握と事前対策、プロセスと反応の観察・監査、等の点で、安全を確保する手順について院内マニュアルや手順書などにより明示し、職員に周知徹底を図るべきである。
また、不幸にも事故が発生した場合、その障害を最小限にとどめるために、有害事象への対応の原則、患者と家族への説明、院内での報告・記録に関する手順などを予め確立し、迅速で適切な対応を確実にしておく必要がある。

【医療における安全確保に対する情報収集・分析・改善】
患者の安全確保に対する院内のシステムを強化するために、インシデントや事故に関する情報を収集し、組織内の根本的な原因を分析して、有効な対策を実施する体制を整備しておく必要がある。レポートを収集するにとどまらず改善策を講じるべきことは言うまでもないが、問題の根本へのアプローチ、対策の水平展開、組織内外の情報活用や連携が重要である。

【医療の質と安全確保のための患者-医療者のパートナーシップの強化】
医療の質と患者の安全の確保は、患者の医療への主体的な参加をもって、より確実となる。そのような環境作りも医療者および医療機関の重要な役割である。患者の権利の尊重、説明と同意といった基盤整備がその根底に在る。
院内感染管理、即ち、そのための組織体制、具体的な感染対策の実施、関連データ・情報の収集と分析・対策、教育訓練といったシステム作りも上記のフレームに沿ったものであるが、新評価体系の中では、より具体性をもたせるべく大項目として独立させている。

【参考】
日本医療機能評価機構 新評価体系[試行版]第2領域「患者の権利と安全の確保」大項目
2.1 患者の権利の尊重と患者−医療者のパートナーシップ
2.2 説明と同意
2.3 患者の安全確保のための体制
2.4 患者の安全を確保するための手順の確立
2.5 患者の安全確保に対する情報収集・分析・改善
2.6 医療事故への対応
2.7 院内感染管理

 
抄録    医療事故防止活動の実践的アプローチ
損保ジャパン・リスクマネジメント
               リスクマネジメント第2事業部部長
                   村田 勝
 
 弊社では、医療機関に対して医療事故防止活動推進の支援業務を行っている。具体的には、医療事故防止委員会メンバーおよび現場リスクマネージャー(安全推進者)に対してインシデント&アクシデント分析手法の研修を支援している。
 手法としては、KJ法(※川喜多二郎氏の考案、グループ討議方式によりカードを使用して問題点を出し合う)を活用して人的・管理的・設備的・環境的要因などの要因別に問題点を整理して各々の改善策を検討している。できるだけ、自院の報告されたインシデント&アクシデントレポートによる分析検討を提案している。自院のものを分析することにより、当該医療現場の事情に合った効果的改善策が検討されるためである。このような有効な分析を行うには、院内全体に本報告制度が導入・普及されることが前提である。さらに、事故防止のルール・基準などの策定・励行だけではなく、ルール・基準を確実に実施するシステム・ツールの導入が改善策の検討には、欠かせない。この際、他分野(例えば、産業界、航空業界、鉄道業界など)の事故防止の考え方や既に導入されている改善策を参考にすることも併せて提案している。

 
抄録  医療事故−まず死因検討の制度化を
新潟市民病院臨床病理都 
                   岡崎悦夫
 
 医療事故の報道で驚くのは、予期しない死亡例でも病院が問題点を検討していないことだ。骨折した顎の修復手術後に女性が急死した日本医大や、抗癌剤を過剰投与されて死亡した高校生が死亡した埼玉医大が典型だ。全国でも問題例の死因を検討する病院は少なく、たとえ実施しても診療科内の一部だけで済ませている。関係する診療科が参加し、事故を振り返ってみる過程が、日本の医療に欠けているのが実情である。
 医療事故にほ明白な医療過誤から不可抗力の出来事まで、その間には判定に困惑するグレーゾーンの部分がある。医療に避けられない不確実さと個別性のために安易に批判できない一面があって、これが世間では庇い合いと受け取られかねないのである。
 医療の質向上のため、判断が難しいケースの検討こそ医師の責務だ。だが、時間的人的ゆとりがない、診療料内だけで十分、冷静に意見を交わすのが不慣れで混乱するといった理由で病態や死因の検討をしない。医療現場では、一般に負の経験から学びとる訓練がない。医学教育にも研修医時代もない。医療事故の防止策に深く関わるこれら問題の改善は大きな課題だ。
 診療行為に関連した予期しない死亡を「異状死」として、医師法21条にもとづいて警察に届け出るべきだという議論がある。ところが、すべての事故に警察が介入することに異を唱えるのは医療団体や学会だけでなく、以前から患者側弁護士や警察の対応に苦い経験を持つ遺族も、多少ニュアンスの達いはあるが警察に不信感をもっている。 このことは現行の制度に問題が多く、改革の必要性を示唆していると考える。
 公正な判断には事実の確認が欠かせない。全米科学アカデミーの報告書は、解剖による死因検討の意義を説き、諸外国では解剖の頻度が高い。客観性を保つ多様な仕組みもある。日本ではどうか。病理解剖だけとっても、最近とくに減っている。世界保健機関(WHO)統計によると、1996年の死亡総数に対する解剖の割合は北欧、英国、豪州、カナダで20%以上、シンガポール、米国では12%以上、ドイツ、オランダが8%であるのに対して、日本は22カ国で最低の4%(病理解剖3%)である。
 ではどうするか。
第1に、重篤な被害のある過誤は当面、警察に届ける。医療不信の強い環在、これは避けられない。 事故の疑わしい例は、公正さを保つ第3者機関を県単位で設置し報告する。解剖にもとづく検討を 義務づける。
第2に医療機関を中立の立場で評価するために設立された日本医療機能評価機構は、医療関係者 相互の評価、チェック体制を重視する。事故を次の医療に生かすための活動の記録を義務づけ、 定期的に報告させるなど突っ込んだ方式を取り入れる。
第3に、「患者の安全」について医学生への教育を徹底する。私は過去数年間、国公私立8大学で医 療の質と医療事故防止について3−6年生に講義してきたが、社会の要請する新しい課題を具体例 で学ぶことに驚くほどの関心を示す。
 現場の問題意識を高めるような死因の検討を制度化し、学生・研修医の教育を充実させることが、将来的にも医療事故を減らす確かな施策だと思う。
 以上は、朝日新聞<私の視点>01年8月3日に発表した小論であるが、本大会では、病院内で死因検討を推進する具体策について提言したい。

 
抄録 安全で気持ちの良い医療を市民の手に
日本リサーチセンター 
                 富家 恵海子
 
 先日加藤弁護士から医療事故を防止し被害者を救済するシステムとしての「医療被害防止・救済センター」構想の実現を目指しているというメッセージをいただいた。このセンターは、単に医療被害者を救済するだけではなく今後新たに医療事故を起こさないようなシステムつくりにも力を入れている。

 不幸にして医療事故に遭った人にとって医師や看護婦など医療側に要求したいことは、莫大な慰謝料を払ってもらうことよりなによりも、次に自分と同じような不幸な存在を作らないように、これまでの経過をかくさずに情報開示し、事故原因を分析し、今後同じようなミスを繰り返さないようなシステムを作り実践していくことである。
 このセンターはこれまでの医療裁判が行ってきた個人的な事故救済から、広く社会的な事故対処へと意味を広げたことに大きな意義があると考える。

 私は1987年、手術後のMRSA感染によって夫をなくして以来、院内感染の防止のために市民の立場からかかわってきた。その中で、日本の医療が本来の主役である患者や家族の利益や論理を軽視し医療を提供する側の文化や論理によっておこなわれてきたがために、同じような過ちを何度も繰り返すといった非効率な対処が行われ続け、なかなか医療事故が低減していかないという歯がゆい思いをしてきた。しかし本日のようなシンポジュームが行われるようになり少しずつ医療が本当の意味で主役である患者に開かれていきつつあることに喜びを感じるものである。
今回のシンポジュームの4つのテーマに関して私の私見を述べさせていただきたい。

・ 「医療者は医療事故に対しどのように対応/届出をすべきか」
私は医療事故防止のために設立された第3者機関にとにかく事故の発生を届け出、その後で第3 者によって間違いの原因を究明しその尊い失敗の原因を社会共有の知見としてストックすべきであると考える。
 その際に、事故の対象になった患者や家族へのきちんとした説明が必須である。事故発生の報 告だけでなく、公的に事故を届け出たこと、この事故に対し病院では原因をどのようなものであると分析しているか、今後同じような事故を起こさないために病院側のとる対策、行政が行う処置や援助、 市民が守っていかなければいけないことなどを説明し長期的にフォローしていくことが肝要であろう。
・ 医療機関において事故の経験を再発防止にどのように生かすか
施設内に常設の医療事故管理委員会を設置しておき、常時、事故に関するサーベーランスを行い事故の発生率をウオッチし、大きな事故が発生し、問題がある場合は介入を行い、改善命令を出しそれが忠実に実行されているかを監視していくことが必要であろう。専門にリスクマネジメントにあたる職員も求められよう。医療機関はこれまで医師や看護婦など医療知識や技術を習得した人々や行政マンを中心に運営されてきたが高度医療の進展や社会の変化するニーズに応えるためには、リスクマネジメントやファイナンシャルマネージャー、患者とのリレーションシップの維持などの行える新しい人材も必要になっている。院内感染もひとつの医療事故であるが、その対策の進み方は、これまでの日本の医療の歴史の中では比較的順調に行われてきたといえよう。それは問題が表面化した初期の段階から院内感染を病院全体のリスクとして捉えていこうという姿勢がとられていたからである。アメリカ防疫センター(CDC)のホームページなどをみると、最近では院内感染を医療事故のひとつとして捕らえ感染症のサーベーランスを医療事故のサーベーランスとして置き換えて行こうという傾向もみられている。
・ 残された遺族の救済の問題
私の夫は52歳という若さで手術後のMRSA感染によってなくなってしまった。私は院内感染のような医源的な出来事で次の世代が苦しまなくてもすむ社会を作っていくことを私のミッションとして活動していくことで夫も救済されているのだと考えるようにしている。
人の考え方は様々である。救済して欲しいと手を差し伸べる人々にはできるだけ暖かにしてスピーディーな対応が求められよう。遺族は裁判に勝っても本当の救済であるとは考えないだろう。二度と同じ過ち、事故を繰り返すことがないシステムの構築とそのスムースな推移を見守るまでは。
・ 解剖による死因解明の役割 
私は夫がなくなった時、死因解明のために解剖を行ったが本当に苦い思いをした。なくなった夜のミーティングの際に医師団は「何か有意な知見があるかもしれないからどうぞ解剖をさせて下さい」とそろって頭を下げた。夫は二度と私たち家族と日常的な交流をすることはできないのだとわかってきた段階で私は死因を知るために解剖をしようと考えていた。ただし、解剖をするのは誰か、分析し報告をするのは誰か、これらすべてが同じ病院の仲間の医師たちが行うのではあまり意味がないのではないかと迷う気持ちもあった。しかし私の夫も科学者である以上、死因について納得する医学的な説明を受けておくという私の選択に賛成するだろうと考え、いったん家に連れて帰った後に、再度長男に頼んで病院に連れて行ってもらいお通夜にやっと間に合うという状況で解剖が行われた。
当然、数ヶ月後には担当医師と会ってきちんとした説明がもらえるものと私は信じていた。しかし、夫がなくなってから8ヶ月後、記録が作成されてから4ヶ月後に、B5の用紙1枚半にぎっしり英文タイプされたもののコピーが送られてきただけであった。主治医はアメリカ留学を控えており、ふと思い出したように手紙を送ってきた。多分、病理の医師が書いた所見をそのままコピーして送ったものだと想像したが、あんなかわいそうな思いをさせたのにと涙がでてしまった。夫は内臓を抜かれたお腹がペシャンコになり子供のような体重になって雨の中長男といっしょにかえってきた。
解剖結果というからには、わかりやすい図解か何かがあって日本語の説明もあるのかと思っていたが横文字ばかり、英語も医学用語に埋め尽くされ、言葉は翻訳できても、その意味することは理解できないものばかりであった。
大勢の医師が、夫を亡くしたばかりの妻に、学問のために解剖させて欲しいと願ったのに、学問に寄与しましたとか、このことを将来の医学の発展に反映させますといった感謝の言葉はまったくみあたらず実に事務的であった。医師たちには、死んでまでも医学の発展に寄与しようとした家族や患者へのお礼の気持ち、他人の善意にたいする礼儀というのはないのだろうかと胸が痛んだ。
このような状況は今も多くの病院で続いているようだ。「忙しいから解剖された患者の情報を再度家族をよんで説明することなど不可能である」と明言する医師もいたが、そうであるならはじめからそういってほしい。そういうことなら患者家族もどうするか考える。
医療情報は情報を提供してくれる人があって得ることができるものである。提供してくれた人にどのような形で返していくのか、情報のプライバシーをどのように守っていかなければいけないのかな どごく基本的なことを医療に携わる人々は理解できでいないのが本当に残念である。

そうはいっても、私は院内感染の防止のために多くの医師や看護婦さんなど医療の中のスタッフといっしょにこの十年活動をしてきた。その過程で患者の利益を最初にして最終的なゴールと考えて医療を行って行こうとする若い医師や看護婦などの多くのスタッフに出会い、日本の医療も変わりつつあることを実感した。病気を治してもらおうとやってきた患者をしっかりと社会復帰させることができるべく、途上でおきた医療事故を開示し、それについて分析検討し対策をたて実行していくことができるようなシステムを作っていくことは社会的なニーズであるし、それを受け止め、対応していこうという受け皿も医療スタッフの中にできつつあるのではないかと期待している。

 
抄録 医療事故をいかに医療の安全に生かすか
北九州市立大学  
                  山内 隆久
 
 平成12年度厚生科学研究等を通して、各地病院を回り、加害者と言われている人を含め、当事者・関係者に会った経験から次のことを痛感している。
○病院関係者(管理者から現場スタッフまで)に未だ医療事故が「組織事故」であるとの認識が不 足している。
○被害者だけでなく、医療者も大きく傷ついている。よって、医療事故に対する認識を高める教育、 および、加害者、被害者の新たな関係づくりが必要であると考えている。この点について皆さんと議論したい。
 
 
柳田邦夫さんの抄録原稿は、スケジュールの都合で提出できない旨のご連絡があり、掲載できませ んでした。

 
はまぎんホール、ヴイアマーレ会場へのアクセス
 
(1) 電車: 桜木町(JR、東急東横線、市営地下鉄線)下車
 みなとみらい方面に出て、駅前の「動く歩道」利用5分
 ランドマークプラザに入って左方面に歩道橋を渡る
      横浜銀行本社ビル1F

  〜桜木町駅へのアクセス〜
  東海道新幹線新横浜駅よりJR横浜線(東神奈川駅乗換)
  或いは市営地下鉄(直通)
  羽田空港より横浜駅ゆきリムジンバス、あるいは京浜急行で横浜駅乗換
  東京駅より京浜急行線(直通)あるいは東海道線・横須賀線で横浜駅乗換
  (横浜駅からJR京浜東北線あるいは東急東横線利用)

(2) 車: 桜木町駅前から日本丸方面へ入る
 横浜駅から高島町MM21地区入口より入る
 首都高速横羽線「みなとみらいランプ」より1分




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