医療の安全に関する研究会
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「医療の安全に関する研究会」ニュース
Newsletter No.17
(2001.3.15 発行)

巻頭言
在宅療養における職能役割はどうあるべきか
第5回研究大会大会長
                         宮治 眞(名古屋市立大学医学部)

 在宅療養は医療、看護、介護の連携によって成立する。同時にこれらの連携は職能シームレスとして継ぎ目なく一貫していることが大切である。医療の継続性といわれるものであるが、患者(利用者)の立場に立てば、在宅療養においては狭義の医療に限定することなく、広義に解釈されるべきことはいうまでもない。
 この連携を担う職種は、医師、歯科医師、薬剤師、看護婦(士)、理学療法士、作業療法士、精神保健福祉士、言語聴覚士、介護福祉士、社会福祉士、介護支援専門員、訪問介護員など多数の職種が関わる。そしてこれらの職種が担うべき役割、職務内容などはそれぞれ法律で定められている。患者という療養行為を受ける立場からすれば、これらの行為が無資格者によってなされてはならないことは当然である。
 一方、在宅療養に深く関わる看護婦(士)、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、介護福祉士、社会福祉士、介護支援専門員、訪問介護員などの職能役割に関する法律の主旨を読み取ってみると、その基盤において、いずれの職種も患者の生活支援を根底においている。つまりこれらの法の原点は患者を生活する者と規定していることが透見できる。
 在宅療養においては患者はとりわけ生活する者であり、人間である。私の定義によれば「人間とは極めて科学的な非科学的統合体である」から、入間であり、生活者である患者を部分々々に分解して、厳格に法に応じた各職能によって療養を行うことには無理が生ずる。たとえば嚥下障害に対する介護は誰がもっとも適切かである。法で明確に嚥下障害に対する支援を定めているのは言語聴覚士だけで
ある。嚥下障害に対する支援は極めて難しい介護の一つである。医療にしても看護にしても介護にしても、その境界はシームレスであるから、法律という文字をもってすべてを規定することは不可能に近いのではないか。ましてや職種が多くなればなるほど、その職能は複雑怪奇に陥る危険は否定できない。したがって専門性をもつ医師ですら自由度が高いように、解決策の一つは職種をできるかぎり単純化することではないか、と考える。法律の性質上やむをえないことは理解するとしても、現行の法律はあまりに守旧的である。    
 私は将来は医師(歯科医師を含む)、薬剤師、健康支援師(看護婦(士)、理学療法士、作業療法士、精神保健福祉士、言語聴覚士、介護福祉士、社会福祉士、介護支援専門員などの1本化)の3職種に限定して、それぞれを補佐する業務助手、に体系化したらどうかと考える。もちろん現段階でこのような提案が荒唐無稽であることは承知しているが、21世紀ではなく、22世紀に向けて今から統合できる法律を、このような視点に立って統合する努力を各関係者に要請したい。
 私は第5回医療の安全に関する研究会の大会長講演をさせていただくなかで、ローマ法の特徴は「法に人間を合わせるのではなく、人間に法を合わせる」と学んだ。もって巻頭の言葉としたい。 

 
〔報告〕 シンポジウム「在宅における医療行為と看護行為と介護行為を巡って」
司会報告 松葉和久(名城大学薬学部)
                      齋藤悦子(藤田保健衛生大学衛生学部)

T.今回のシンポジウムの趣旨
 介護におけるおける安全に関しては、1999年の大阪における第4回の研究大会で主題として取り上げられ、「在宅医療・看護・介護の安全と課題」をテーマにシンポジウムをもった。このテーマを取り上げた意味は、高齢社会と医療経済の肥大化から在宅での重篤な患者ケアから福祉分野の介護保険適用の生活介護を含めて在宅療養・介護が積極的に推進されるようになってきた今日、改めて安全の視点から現状を再点検し、今後における在宅医療・看護・介護のあり方を考えることにあった。
 第4回大会では在宅療養における問題点を具体的な療養事例を設定して議論を進め、意義ある討論が行われたが、時間的制約から課題の多くを積み残した感があった。そこで今回の研究大会ではもう一度同じ課題に取り組むこととなった。 まず在宅医療・介護に関する職種について図Tに示す。

注)ホームヘルプサービスとは在宅生活で援助を必要とする高齢者、介護者を対象する以下の行為,即ち、  身体の介護: 食事、排泄、衣類着脱、入浴などの介護 身体の清拭、洗髪通院介助など。
  家事の援助: 調理、衣類の洗濯・補修、住居などの清掃・整理整頓、生活必需品の買い物など。
  相談・助言: 生活、身上、介護、住宅改良などに関する相談助言。

 在宅療養を進めるに当たっては、介護福祉士や訪問介護員(以下ヘルパー)の資格の制度化を含めて種々の職種の人々が関与する。しかし、職種間における業務遂行上の分担・責任について明確ではなく、現実は一歩誤れば療養者・家族にケア従事者をも含めて、危険にさらされかねない綱渡りの状態にあるといえよう。
 例えば、ヘルパーに関わる行為についても様々な意見がある。
・「管を通した栄養補給はだめで、口から食事を与えるのはいい」という区別はおかしい。「嚥下がう まくいかない人は、口からの方がよほど危険な場合がある。」
・簡単な行為にまで看護婦を派遣するのは社会的資源の損失で人数の確保も困難。説明と同意を前提 にヘルパー の医療行為を認めるべきである。
・「業としてなす以上、家族でもできるから」というのは理由にならない。訪問看護を利用しやすくす べきである。  
・利用者に危害を及ぼす恐れが少ない医療行為をヘルパーが取り扱えるよう業務を見直し、具体的に 例示すべきである(総務庁勧告1999年9月)
       
        在宅介護の場でヘルパーが直面する医療行為褥創の手当
                                  (朝日新聞H11年4月25日) また、朝日新聞(1999年4月24日)では、ホームヘルパーの直面する医療行為として上記のような行為を挙げている。これに対して厚生省はつぎのような質問「ホームヘルパーは家族の要請でサービスご利用者の気管内吸引をやって良いのか?」(1999/06/28)に対してつぎのように回答している。
「気管内吸引は、それに伴って危険性の生じる可能性のある行為ですから、医師や看護婦等、一定の知識や経験を有する専門家によって行なわれる必要があります。したがって、厚生省はこれまで、在宅で療養される患者の方々が、吸引をはじめとする看護を安心して受けられるよう、訪問看護サービスの充実に努めてきたところです。厚生省としては、今後も引き続きその充実を図ることによって、ご質問のようなご家族の要請に応えられるよう努めていきたいと考えています。」
 今回のシンポジウムでは、医師、看護婦、法律家の視点から、また介護問題研究者の立場から、「在宅療養・介護の在り方」について、特に、ヘルパーに焦点を当てて、それぞれのご意見を頂いた。
 
U各講師の講演の要旨
  今回は講演内容が事前にわかることで討論が充実することを願って、ニューズレター研究大会特集号No16で皆様にお知らせをした。詳しくはご参照下さい。
 ここでは、フロアーからの質問、意見から関連すると思った内容を中心に述べてみる。
 まず篠崎良勝氏(民間病院問題研究所)は、介護保険制度の施行により「介護事故」の増加が予測されることをヘルパーの医療行為の実態調査から明らかにした。このことは利用者、ヘルパーの双方にとって「不幸」としか言いようがない。双方にとって今一番望まれることはヘルパーの職務内容の確立である。ヘルパーに何が頼めて何が頼めないのか。また何が職務でないのか。ある一定レベルまでは国が明確にすべきだと考えると述べた。「介護事故」という新しい概念について共通理解をするために、介護事故関連用語の整理したものを引用しておく。
 
1.介護事故関連用語の整理    
【介護事故】
 介護福祉士・ホームヘルパー・ケアワーカー・寮母など(以下、介護職)を含む介護サービス提供者側の行為による@利用者(宅)における物品の破損、A利用者へのケガ、B利用者およびその介護者(以下、利用者など)への精神的・肉体的ストレスの増加、C利用者などからの苦情、D違法行為(医療行為、理容行為、美容行為)などに対して介護サービス提供者側に過失があった場合(介護過誤)、ない場合の双方を指す。
 
【参照】:国民生活センターは施設(特別養護老人ホーム15施殴・有料老人ホーム1施設)に対する面接調査を行い「介護事故」に対する定義として、介護の提供過程で利用者に対し何らかの不利益を与えた場合または与える危険のあった場合とし、介護事故事例として@転倒 Aベッドからの転落 B介助中の事故によるあざ・出血・やけど等、C原因不明およびその他の骨折・あざ・出血等、D誤嚥、E異食、F薬の誤配、G無断外出、H入所者同士のトラブル、I物の破損・紛失、J疥癬(かいせん)の11項目を挙げている。また、過失による介護事故を「介護過誤」とし、さらに故意による介護過誤には「(介護)虐待」も含まれるとしている。
 
【介護過誤】
 介護事故のうち、サービス提供者側に過失がある場合を介護過誤という。例えば、利用者の急変に気づきながらも適切な対応をとらなかった場合、違法である医療行為を行ない病状を悪化させた場合、買い物で買ってきた品物を介護サービス提供者側の不注意により破損させた場合などが含まれる。
 
【介護紛争】
 介護過誤ばかりでなく、利用者などの誤解およびサービス内容に関しての介護サービス提供者側との食い違いから生じた両者の間で起こる争いのこと。
 
【介護裁判】
 介護紛争のうち、裁判所に訴訟が提起されたケースのこと。
 
 上記のような用語の使い分けで介護現場をみると、介護事故、介護過誤は日常的に起こっており、今後は介護紛争、介護裁判がどの程度増加してくるかが問題となっている。
 ところで、医療事故と介護事故の最も大きな違いに関してもここで示しておく。医療事故とは医師や看護婦が自分の職務の範囲内で起こした事故であるが、介護事故はホームヘルパーをはじめとした介護職の職務である家事援助、身体介護中の事故以外に、医療行為(たんの吸引、軟膏の塗布、つめ切り、点眼など)や理容行為(髪を切る、髭を剃る)、美容行為(化粧をする、髪を結う)をはじめとした本来ならばホームヘルパーの職務に含まれない職務遂行中の事故(違法行為による事故)も含まれるのである。                           
 篠崎良勝氏資料より
 次に平成2年在宅医療を目的に「あいち診療所野並」を開設し『受け手になったときの安心できる医療システムの構築』を目標にしている畑恒士氏は、医師の立場から現実には充分な介護力がなくても、気管内吸引を必要とする患者が退院させられ、痰を詰まらせそうになるのを目の前で見たヘルパーが見よう見まねで吸引している実態があること。ここで刑法37条「緊急避難」をもって良しとするのは、患者の安全を考える立場ではないと述べ、あいち診療所の実践した以下のことを国として採用することを提案した。
 “ヘルパーに委ねる医療行為とその条件”
   ヘルパーごとに本人・家族の同意を得る。
   個別の患者ごとに必要な医療行為の指導を受け、
   指揮者(主治医、責任看護婦)の許可を得る。
   家族や同僚への指導は行わない。
   臨機の対応を必要とする処置に限る。
 
 続いて法律家の立場から弁護士の増田聖子氏は、ヘルパーが在宅における医療行為、看護行為を担っている厳しい現実や違法性、危険性を訪問介護にかかわる全ての人が認識する必要がある。法は誰が、医療行為・看護行為をできると規定しているかをわかりやすく説明し、資格(免許)制度のもつ意味を患者の安全の確保の視点から述べた。
 良質かつ適切な医療を提供するため資格制度はいささかも揺るがせてはならない。そして要介護者の安全のため訪問介護制度の整備について@看護婦の量・質を確保するA訪問介護員に新たな資格制度を創設して一定の看護行為を認めるかB介護福祉士制度を充実させて一定の看護行為を認めるかの3点についての提言があった。さらに在宅医療の限界について十分な検証が必要であるとまとめた。
 
 最後に看護婦の立場から日本での在宅看護の第一人者である村松静子氏は、長い現場体験と研究結果から、在宅での看護行為と医療行為、看護行為と介護行為の関係について、そして在宅での職種間の連携上で不可欠なことは、在宅ナースとして各職種間の調整役、家族への対応、看護と介護が同じ土俵で協働できるシステム化が必要であることを強調した。
 次に今後在宅ケアが推進される中で、在宅ナースに求められる行為を以下の3点にまとめた。
@その時々の容態変化の見極めと看護技法の駆使。
A療養者・家族がその時々の気持ちを素直に表出できるような人間関係づくり。
B相手がイメージできるような状況別の人間関係。
 
Vフロアとシンポジスト間の討論の要旨。
  まず、介護福祉士の立場から要介護者、介護者ともに安全の視点から現場では様々な問題があり、介護事故につながることの危険性を示唆した。自ら、教育を受けた内容を通して介護福祉士、ヘルパーの教育の充実の必要性、特に倫理面については、倫理綱領を作成することの提言、および介護支援専門員(ケアマネージャー)の数の確保と併せて質の面から研修の必要を強調した。そして在宅介護の質の確保は看護の潜在能力の活用などにも話が発展していった。
 
 次に、介護者として家族の立場から、介護保険が適用されても家族の負担が軽くなったとは言えない実状が訴えられた。その概要を図Uに示す。家族のニーズをヘルパーに依頼せず、より安全に実施するには診療の補助行為の看護の範囲では対応できない。医療資源のコストの面、在宅看護婦の量の確保等が制約としてあることを確認しながら討論が発展した。
 
 ここでフロアから医療経済学的視点からコメントを頂いた。在宅ケアは施設ケアよりも安上がりではないことの説明、在宅の保険のしくみ、医療の効率と医療費との関係、そして介護保険については、5〜10年のいのち?バラ色ではない等であった。
 
        在宅介護の吸引に関する検討
 
  質問と討論の関係    教育内容の差から本当に安全と言えるか
 
 続いて看護職の立場から3名の発言があった。共通していることは、在宅看護の必要性と現状の問題点であった。また施設ケアから在宅ケアへの移行をシステムとして具体化することへの課題などであった。具体的には@在宅ナースの資格のようなものをどのように考えていけば良いのかA在宅ナースの教育の場の確保と教育方法についてを中心に討論が深まり、在宅ナースに求められる姿勢について確認し合った。 それぞれの立場の方から多くの意見をいただき討論を深められた。示唆に富む発言が実に多かったと思う。最後に島田康弘理事長より今回のシンポジウムで問題に結論が出るとは考えていないが、第4回大会に引き続いての取り組みは、一歩踏み込んだところで積極的に討論なされたことは意義深いと述べた。

 
訪問介護員・介護福祉職へ温かい支援を
中部学院大学短期大学部
                               社会福祉学科・水谷俊夫

 訪問介護員(ホームヘルパー)の活動業務に多くの批判が寄せられているが、実態を明らかにしたものを活字でみる機会は殆ど無い。自身が関わる社会法人の訪問介護員等のヒアリングや調査でも介護保険法の適応外であるため、利用者の負担や利便性に配慮した受診時の効率的な配車や通院介助やデイサービスの併用を不本意ながら断っている事実がある。ましてや医療行為に関しては法の規制を厳守した態度を崩してはいない。極めて稀にある行為を針小棒大に考えているきらいがある。医療行為に関する指摘は正に正しい指摘であるが、多くの訪問介護員がそうした行為をしているとの批判はあたらない。介護苦情の対応が制度化されているが,最近公にされた苦情相談の報告書によれば,医療行為もしくは医療類似行為に関する苦情はなく、仕事の態度に関する苦情でも訪問介護への苦情全体の27%で,他は使用者の責に帰するものである。むしろ、介護支援専門員や医療関係職への苦情が多く寄せられている。
 医の安全や利用者の人権尊重からいえば、介護保険施設の現状改善や利用者・家族への温かい配慮も深慮しなければならない。拘来や抑制が声高に叫ばれているにも拘らず、車椅子に縛り付けられている利用者、服に鍵がついた拘束着、個室利用の両義性や解除できない車椅子などよく見られる状況の改善が急がれるのではないか。徘徊行動等問題行動を伴う利用者に対する総合的学際的取り組みを回避した結果が、問題行動を常態化しているのではなかろうか。居宅で利用者と1対1で関わる訪問介護員の業務についても同じことがいえる。居宅を訪問した折、嚥下困難に陥ったり、呼吸困難になったり、重態に陥っている利用者に対した時の、緊急時の対応策について関係者による「危機管理」マニュアルの策定が急務といえる。医療・看護職と介護職の明確な棲み分けが可能な場に立った議論ではなく、その棲み分けが容易ではない状況での、利用者のリスク・マネジメントが大切なのであり、職務行為逸脱云々の議論の前に解決すべき課題と言える。医療・看護職は生活における非常性の専門家であり、介護職は(高齢で疾病をもつという)生活の日常性の専門家と考えるものだが、そこに非日常性が生起した場合の配慮が制度的にも現実的にも欠如している今日、その間隙を埋める作業が必要と考えている。

 
医療の安全に関する研究大会第5回研究大会を聴講して
〜在宅における医療行為と看護行為と介護行為を巡って〜
中部看護専門学校
専任教員 魚住郁子

 「在宅看護論」が看護教育課程に加えられ、三年が過ぎた。カリキュラムに加えられた理由は、増加する在宅ケアニーズに対応できる看護婦・士の育成をするところにある。しかしながら、在宅看護をとりまく環境は、十分整っているとは言い難く、2000年の介護保険の導入に伴い、混乱していると言っても過言ではない。在宅における看護者の役割は、日常生活の援助や、医師の指示のもと行われる医療行為の他、地域における介護職、や他職種との連携・ケアコーディネート等である。在宅看護を取り巻く環境が十分でないのは、このケアをコーディネートする機能が不十分なことが理由の一つになっているのではないだろうか。
 今回、研究大会を聴講し、介護職との連携の必要性を痛感した。また、同時に在宅における看護職の役割を改めて考える機会となった。テーマに沿い、まずは、介護と看護の違いを日常生活援助と医療行為の両側面から述べ、次に看護婦の役割について述べていきたい。
 看護とは、Fナイチンゲールによれば「生命力の消耗を最小限とするよう対象のあらゆる生活過程を整えること」と述べている。介護は、高齢者や心身に障害を持つ人に日常生活を援助することである。このような日常生活に関する介護は、従来、看護の中に含まれていた。ことに、在宅においては、家族がその役割を担ってきた。しかし、高齢社会の進行に伴い在宅ケアに対応する専門家が必要となった。「看護婦がその役割を担うべきだ」と思う人も多いだろうが、その頃の看護界は人手不足や、准看護婦問題など多くの問題をかかえており、福祉や在宅にまで関心を寄せることができず、新たな専門職の誕生が余儀なくされた。ここに、看護と介護の相違点を巡り、混乱が生じ、論争が起こった原因がある。しかし、援助するということを、「生活の援助技術」と捉える限り、それは、看護であり、同時に介護であるとも言える。生活援助をその人らしい生活ができるよう援助する両者には、行為の境界をつけるのは難しいのではないだろうか。
 介護保険の経済性という視点から考えても、全ての援助を看護婦が行うという仮説は成り立たない。日常生活援助は、現在存在する、介護職と看護婦が共働のもと、行っていくしか在宅療養者の生活を守ることはできないと思う。
 次に、両者の相違点において、医療行為という側面から述べることとする。今回の研究大会の論議の中で、「吸引や爪切りは誰が行うべきか」という興味深い内容があった。業務として行うことについては、法に基づく事を第一に考えなければならない。ことに、吸引やカテーテルの管理については、論議が分かれるとこでろあろう。しかし、法に従うことを考えるあまりに、看護や介護の本質を見失ってはいないかと疑問に思う。大会会場で、難病の息子を長年介護している人の意見をきくことができた。「吸引を常時してくださるヘルパーを探して、社会福祉協議会にそうだんしたところ、ヘルパー業務では無いといわれてしまい、途方にくれた」と言われていた。誰の為の看護か?誰のための介護か?と腹立たしい気持ちになった。主役は法律家でもなければ、看護婦でもなく、患者であり、利用者でなければならないのではないだろうか。このような見地から言えば、介護職の人にも、「吸引については」一定の教育をした上で、認めていくことが、在宅療養者の生活を保っていくことにつながると思う。
 最後に、在宅おける看護婦の役割について述べる。看護婦の役割は、診療の補助、日常生活援助だけではないと声を大にして言いたい。在宅における療養者、患者は、人それぞれ異なる。例えば、巻入爪(つめが巻いて奥に食い込んでいる)で、処置が困難なケースの爪切りは、医師、或いは看護婦が行う必要があろう。しかし、他の療養者は、そうでないかもしれない。個々の患者にあった安全性や、安楽性を第一に考え、誰がその行為を行うべきかを看護婦がコーディネートするべきである。チームアプローチをするに際しては、病気を見つめる視点を看護婦が示した上で、療養者の生命力を高めるプランを双方が出し合い、実施していくことが大切となってくる。このコーディネートする役割を看護婦が在宅において遂行しない限り、ざいたくにおける看護婦の需要は減少するであろうと考える。
 今回、在宅看護論の授業の一環として、本研究大会に参加し、貴重な体験をすることができた現在、在宅の領域は、過度期にありながらも内容を精選し、確立していく時期にある。看護教員として、伝えるべき主旨は、在宅療養者の捉え方である。人間として、個人としての存在が、社会や環境をいかに背負った存在であるかの理解である。どこにいようと、「その人は、その人である」という基本を念頭に置きながら、在宅看護とは何かを伝えていきたい。

 
「在宅における医療行為と看護行為と介護行為を巡って」
中部看護専門学校
                                  2学年 小坂 麻栄

 平成12年12月9日(土)、医療の安全に関する研究会の「在宅における医療行為と看護行為と介護行為を巡って」と題された研究大会に参加した。
 在宅の講義は受けているが、今回実際の在宅医療現場からの話を聴くことができ、看護行為、介護行為、医療行為を深く考えさせられた。在宅医療という言葉を聞くようになったのは最近であり、新しいことであるからこそ問題は多いと思われる。
 なにかの雑誌で見た話であるが、病院の定期の在宅回診で医師は汚い家だからと家にも上がらず、玄関からちらっと顔を見た程度で次の家に向かい、看護婦は手早く処置を済ませ患者ともほとんど話もせず、医師の背を追いかけて走っているという話である。これでは患者とコミュニケーションがとれるはずもなく、医療行為も看護行為も十分に行えるはずがない。
 高齢者社会となり、介護期間の長期化、女性の社会進出などによる家庭の介護機能の低下、高齢者所帯の増加が見られる。平成12年4月からは介護保険が導入され、これからますます在宅医療が求められてくる時代になるであろうと思われる。今回のシンポジウムでこのような重大な問題が起きているのだと改めて考えさせられ、また驚きの連続でもあった。
 在宅医療とは地域保険医療福祉サービスにおける重要な一分野であり、利用者や家族において入院中と同じような治療・ケアなどを受けて健康状態を改善し、あるいは合併症や続発症を防いで、できる限り、家族及び社会の一員として生き甲斐をもって生活できるように支援することである。
 核家族が多くなり、またいろいろな問題のあるなか介護保険が始まり、以前は家族が主体となり在宅介護がなされていた。医療的には医師、看護婦が中心であった。だが、日常的な担い手は訪問介護員に移ってきている。病院での医療ミスは大きく報道されていることが多いが、在宅での事故はあまり表沙汰にはなっていないが少なくないようである。
 訪問介護員の職務は家事援助・身体介護である。だが、結局医療行為を行わないと利用者の安全が確保できない。目の前で急変した利用者を見守るだけというのは誰でも見過ごせない状況であり、何かしなくてはという心境になってしまう。だが、訪問介護員の資格は研修終了のみであり、試験などはない。医師や看護婦は医学、看護知識を備えており、資格試験を受けている。容易に訪問介護員が医療行為を行うのは妥当ではないであろう。このことは医師免許・看護婦免許が軽視される傾向になることが予想される。 在宅医療を行うにあたって訪問介護員が医療行為を避けることは無理なことである。すぐ解決できることではないが訪問介護員も吸入・吸引・経管栄養などの在宅医療で必要な技術、緊急の処置を医師の指示のもと行えるよう看護婦とはまた別の医療職として制定し、研修だけでなく同じ命を預かる仕事であるとして資格試験を設けることが必要ではないかと思う。
 要介護認定を行う際にもコンピューターで割り出すことはやめ人間的な視点から見てもらいたい。看護行為については看護婦が充足してきているが、実際には病院でも在宅でも十分な看護はできていない。資格・人材をうまく使う意味でも在宅看護を週何回と決めるのではなく、また経済的な面でも解決したいものである。
 医師・看護婦・介護者・家族を含め在宅医療のみを考えた連携チームをつくり提携した医療をつくったらよいのではないかと考える。医師・保健・医療・福祉を結ぶコーディネーター、地域住民の健康管理面におけるコンサルタント、専門的立場で患者の振り分けを判断するかかりつけの医師の導入。
 保健婦:地域における対人保健サービスを中心的に推進。行政の総合相談窓口を担当、訪問看護ステーション管理者、在宅ケアのコーディネーター。
 看護婦:傷病者に対する療養上の世話または診療の補助をなすことを業とする。訪問看護ステーションの管理者、病院・診療所からの訪問看護。
 訪問介護員:高齢者の介護、家事および相談・助言を適切に実施する能力を有する。法律上の規制はない。身体の介護、家事、生活、身上、介護に関する相談・助言。
 この様に職種により役割が決まっており、他にも地域医療に関する職種は十以上もあり、紙面上は効率・安全上まとまって制定されている。
 今回訪問介護員が注射を指示され実際に実行した介護者がいるというのを聞き、非常に驚いた。命の安全性を絶対に侵してはならないのに、どんな状況であれ、方法も正しいものかどうかもわからない介護者に指示する医師もどうかと思う。まだまだよりよい在宅医療が行われるには法律上問題もあると思われ、遠い話であると思った。今の状態で利用者が家庭で家族に囲まれ、住み慣れた家で安全に過ごし、緊急時の対処を行うのは制度的にも法律的にも不可能である。よりよい在宅医療とはどのようにしたらよいのか現状のままでは明確な答は出ません。
 訪問看護における看護職の負担は人数が少ない分、病院よりも大きいであろうし、基本的な知識と技術は必ず備わっていなければならないと感じた。場所がどこであれ、相手は人である。責任を持って看護婦になれたときには事故が起きぬよう、また看護の質が向上できるよう看護の基本を学生のうちから頭にいれ、身につけられるよう勉強していかなくてはと思いました。  
〈参考文献〉 松野かほる:系統看護学 在宅看護論  医学書院 2000
         小倉一春 :メジカルフレンド社    クリニカルスタディィ

 
在宅における医療・看護・介護行為について
中部看護専門学校
                                 2学年 岩川 あゆみ

 新しい年、2001年がとうとう幕を開けた。そしてこの21世紀に向けて医療の世界も大きく変化しつつある。近い将来看護婦として医療の世界に足を踏み込む身として、今回の研究大会は大変興味深いものだった。しかし興味深くもあったが、多くの課題を抱えた社会的な問題で、私は話を聞きながら混乱するばかりだった。難しくかんがえることは出来ないが、私なりに考えたことを述べたいと思う。
 もともと在宅なんて言葉は聞かれなかった気がする。私の祖父が寝たきりであった五年前に、そんな言葉はあったかなと考えてしまうくらいだ。しかし時代の流れに沿ってこの言葉は生まれてきたのではないかと思う。日本は高齢化社会から、現在高齢社会になり、そしてあと数年の後に、超高齢社会へと移行していく。他方、子どもの出生率は年々減少し、今や1.34%の少子化である。それに加え女性の社会進出も増え、核家族化が進みその結果、高齢者のみの世帯数の増加、高齢者の独り暮らしが増えていったのであろう。まさに条件はそろい、在宅介護がもてはやされているのだ。それにしても無責任な世の中になってしまったものだと感じる今日この頃である。本来ならば家族はもっと協力していかなければいけないはずなのに、どうしてこんな風になってしまったのか分からない。もちろん協力している家族もいるので、一概には言えないが、実際寂しく暮らす高齢者のことを考えると、こうなってしまった現実はどうすることも出来ず、ただ目の前にある問題を一つずつ解決していかなければ話は進んで行かない現実を私は悲しく思う。
 在宅における医療行為、看護行為、介護行為は入り交じり、そんな中で、2000年4月より介護保険が施行された。あれから半年以上たった今は問題点が山積みで、何のための誰のための介護保険なのか、わけが分からない状態のような気がする。その問題の大きな割合を占めるのが医療行為、看護行為、介護行為の境界線がどこにあるのかである。例えば持続して必要な吸引やカテーテルの管理などの医療行為は誰がするのかが問題としてあがる。ホームヘルパーがこの行為を行うことは法律的に求められない。だが現実、患者さんの側に長時間いられるのはホームヘルパーである。法律的に認められないと言っても、必要に迫られたならば行うしかないのだ。だからこのようなことは黙認されているそうだ。ではナースが行えばと思うのだが、今の介護保険制度では、ナースには不可能になる場合が多いのである。命を預けるといっても過言ではない介護を受ける側にとって、このような状態では恐ろしいものである。講演中の話では、ホームヘルパー主体の介護保険のように聞こえたがそうではなく、ナースがその中心にきて、その家族、医師、ホームヘルパーそれぞれの仲介役として働きかけながら、利用者の満足がいく看護、介護を提供しなければいけないと思った。また、問題を根本的に解決するには、法律の改正を求めていかなければならない。具体的には講演中に合ったのはナースがもっと長時間、要介護者の看護ができるという、ナースの量、質を確保すること、ホームヘルパーが一定の看護行為の技術を教育の場に導入させ、その看護行為を認めるなどである。いずれにしろ法律の改正をとり急ぎ行い、介護保険制度を整えるべきだと思う。
 要介護者を中心に、いくつもの職務が枝分かれしかつ連携しながら、一人の人間を支えていくのだと思った。それにはまず、もととなるしっかりとした基盤をつくり、その役割りに応じて資格と能力を駆使し、各々が責任をもって業務に向かうことが大切だと思った。
 看護婦・看護士による医療ミスの報道が頻繁に聞かれるようになった近年、私はとても厳しい時代が来たと感じる。だが、そういった報道により、世間は医療に対して関心を持ち、注目してくる。そして同時にこれからの医療・看護に期待を持つことになるだろう。看護婦を目指す身として、そのことを心に留め、職業人としての誇りを持って、これからを頑張っていきたいと思う。

 

 
第5回 医療の安全に関する研究大会に参加して
中部労災病院
                                  看護部 川北美枝子

 去る12月9日、「医療の安全に関する研究会」の第5回研究大会に、私は今回初めて午後から行われたシンポジウムに参加させていただきました。シンポジストとして、在宅医療に深く関わっておられる民間病院問題研究所:篠崎勝良先生を筆頭に、あいち診療所野並:畑恒士先生、弁護士:増田聖子先生、在宅看護センター村松静子先生方より、「在宅における医療行為と看護行為と介護行為を巡って」というテーマに沿って、各々の立場からのご意見、将来の展望についてに述べていただきました。お話を伺いながら、当病院の在宅看護における責任は何をしたらよいか、を自問すると共に、臨床現場で患者様の在宅への退院調整に関わっている立場から、感じたことを述べさせていただきます。
 党員の在宅は、2年前より病院全体での取り組みをスタートさせ、訪問件数も増え続けております。昨年4月からの介護保険導入をきっかけとして、ケアマネージャーとの連携が必要になり、合わせて各機関との連携を新たな課題として取り組んでおります。臨床現場では、患者様から「病気は治ったが、家に戻れない」又医療スタッフからは「入院期間の短縮で十分に関われなくて不本意」と言った悩みを抱えながら、在宅での療養がスムーズに行くよう、退院調整には悪戦苦闘しながら行っております。特に、当院は救急医療体制を取り、在院日数が約20日の中、病状が急性期から慢性期に移行しても、長期療養を行う後方病院が地域周辺に少なく、ベット調整、在宅への移行には苦慮しております。そしてその為に地域への医療・保健・福祉のネットワークが重要でもあり、細やかな対応に心がけながら、そのシステム作りに努力しております。入院中に、どんなに濃厚で効果的な医療を提供しても、在宅への連携が十分でなければ、その効果は上がりません。その為には、入院中からのかかわりが不可欠であり、個々の看護婦が在宅を見据えた、退院準備の援助ができなければなりません。その為の実践力を身につけるには、相当の努力と意識改革が必要ではないか、と思っております。村松先生は、在宅ナースに求められる4つの姿勢として、@プロとしての自己責任と自覚及び常識的な態度A療養状態の適切な判断と時期を逸しない関連職種との連携プレーB看護技法を駆使した症状のコントロールと適切な説明、助言C在宅療養から生ずる家族不安への対応が必要と述べられましたが、まさに臨床現場でも必須課題であり、これらのことをどのように教育したら良いかを思案しているところです。当院も今後は、ターミナルを含む医療依存度の高いケースが増加すると思います。一人暮らしの高齢者、老老介護も多くなっており、きめ細やかな在宅看護の展開が必要になっております。特に患者・家族のニーズの中には、経済的な理由によりヘルパーさんに回数を多く来て欲しいといった要望を聴きます、又、訪問看護の回数を減らさざるを得ないといったケースもあります。畑先生が述べられたように、ヘルパーに委ねられる医療行為とその条件は、慎重に早急に実現可能なシステムにしなければ、医療依存度の高い障害老人を抱える家族にとって、介護の社会化など絵空事になってしまいます。篠崎先生は、ヘルパーの医療事故についての不安を厳しく述べておられましたが、職務内容の確立なくして、患者様の安全は守れないと思います。増田先生が述べられた資格制度から見た安全の確保と質の向上は、利用者から厳しく問われていると思います。各々の職務責任と権限委譲の範囲、それらの確立の為には、それぞれの立場から専門職としての自覚を持った研鑽と、よりよい方法を提案することが必要かと思います。今回の参加は在宅看護を、もう一度振り返る良い機会を与えて頂きなしたことを、感謝申し上げます。

 
第5回研究大会に初参加して
東京   安久 美与子

 医療の安全に関する研究会には、加藤弁護士のお誘いで、発足の早い時期から入会させて頂いた。研究大会に参加したいと希いながらいつも都合が悪く今回初めて実現した。
 医療の安全に関する研究は多岐にわたる。当研究会は、実践活動を通して各分野別に具体的研究を深め、我が国医療界の先駆的存在と言える。会員として誇りに思うと同時に、何も貢献できない事を深謝したい。
 介護保険制度発足から今日まで、在宅介護・看護の現場ではさまざまな問題が起こっている。私のところ(NPOスケットめぐろ)にも多くの相談が寄せられているが、中でも在宅における看護と介護の関係についての質問や相談が多い。例えば、在宅介護で、ヘルパーの役割として何をどこまでできるのか、すべきなのか、又はしてはいけないのか、等である。
 その答えに苦慮していた私にとって、今回のシンポは、貴重な意見が聞ける機会となり大変参考になった。
 介護保険制度をよりよいものにしていくために、在宅介護にも医療の安全を確立させる必要がある。例えば医療廃棄物処理も、医療機関から在宅に移ることに伴い、感染防止や環境への対策が重要となる。
 大会場では満席の熱気に圧倒され、被害者の方からの再発防止に向けた真剣な発言には頭が下がる思いだった。名古屋は日本のど真ん中、皆さんが協力して頑張っておられることを羨ましく思った。
 医療の安全を限りなく追求するという目的に向かって、各々の立場(患者、市民、医者、看護婦、介護士、研究者等々)を越えて連携することが不可欠ではないだろうか。その『場づくり』を見事成功に導かれた有志の方々に改めて敬意を表し、今後の発展を期待したい。
 
― 大学病院地下食堂にて ―
 四人掛けのテーブルに産婦人科の若い医師三人と同席した。
「今日ここでこんな研究大会開いているんですよ。この病院は大丈夫でしょうか」
私がそう聞くと男性が即座に「ハイ。大丈夫デス」と胸を張って言った。他の女性二人は無言だった。
「ホントニ?」と念を押すと「………………」
未だ未熟で若葉マークの医師に反射的無条件に「ハイ大丈夫デス」と即答して欲しくない。医師もまた神ならぬ生身の人間なるが故に、ミスを犯すことを前提に、人間を人間としてかけがえのない“生命(いのち)”に対して慎重に、誠実に医療をおこなってほしいということ、その一言につきる。
 三人の若い医師の背中に私は呪文のようにつぶやいた。「己が力を過信するなかれ」と。
※ 私自身、東京の私大病院で医師の不誠実による医療ミスを受けた。

        

 
医療の安全に関する研究大会に参加して
ホームヘルパー 加藤 浄子

 最近毎日のように報道される医療事故は、また?どうして?と思うような出来事です。
 介護保険の始まる前、福祉の時からヘルパーとして91歳の利用者のお世話をしているので、お誘いを受け参加しました。ヘルパーといっても家事援助です。年に数回の研修を受けてはいますが、医療行為とか介護事故など知っているつもりでもしっかり認識していなかったこと、医師法といった専門的なことも学ばせてもらいました。
 そんな立場から少し書いてみます。講習会で、家事援助と身体介護の違いを次のような例で聞きました。
 調理をするのは家事援助、利用者に食べさせるのは身体介護(嚥下事故に対応できるかどうか)つまり利用者の身体に触れるかどうかということです。介護保険が導入され、通院介助など一部動作介助もできるようになりました。ケアマネージャーのプランに従っています。
 先日通院介助の連絡が入りました。昨夜から動くと尿がもれ、痛むらしいとのことです。就業は午後ですが、診察は午前中です。生憎の土砂降りで杖をついての歩行である利用者はどんなに心細いことでしょう。とりあえず出かけると、ケアマネージャーも時間を割いて顔出しをしてくれました。タクシーで通院介助し、医師の指示で衛生用品を買い整え、利用者が落ち着いたところで一安心です。たまった汚れ物を洗濯し、掃除をして帰宅しました。ケアマネージャーに事後報告をしたところ、再度顔を出された由。他の曜日に就業しているヘルパーにも連絡を入れ、ほっと一日が終わりました。介護知識や技術が普通の人のレベルの私にとって、ケアマネージャーの存在は大きなものでした。
 本会要項に「介護保険は、ヘルパーが常に職務外の行為を行うことを前提として運営されているのです」とあります。そういった事態や咄嗟の判断が必要な時があります。世間では仕事の範囲について議論もされています。様々なケースに対応する真の意味でのマニュアルはありません。利用者とどう向き合ったらよいか等、仲間と意見交換をしています。訪問した時の嬉しそうな顔、待っていて貰える喜び、人と人とのつながりだと信じます。そして、利用者の日常生活の自立を手助け仕事だと思っています。ヘルパーも人間、体調が悪かったり平静でないと優しい気持ちになれない時があり、つらいなあと思います。就業する時は、明るく明るくと自分に声をかけています。
 人と心と命を守る為に、一人でなく、チームワークが大切であり、それをフォローするのが組織であり、規約であり、法であってほしいとなあと思っています。海外の実態も見聞します。日本の現状に見合ったことは取り入れてほしいと思います。

 
第5回 研究大会 アンケート結果報告
編集委員会

 研究大会当日、参加者の皆様にアンケートをお願いしたところ、49名の方からご回答をいたださました。
今回の研究大会でとりあげたテーマについては、8名の方が「非常によかった」、30名の方が「よかった」、4名の方が「ふつう」と答えてくださいました(他の方は無回答)。
 多くの方にご参加いただいたとともに、このテーマの関心の強さが伺えました。以下、自由記載していただいたご意見・ご感想の中からいくつかをご紹介します。今後の研究大会のテーマ設定や運営に活かしていきたいと思います。ご協力ありがとうございました。
 
*シンポジウムに参加したのは初めてでしたが、参加者を混じえてのシンポジウムは、様々な意 見 を聞くことができ勉強になりました。このテーマは本当に難しい問題であり、一市民、一看護婦で は解決できないが、とても悲しいことだと思っていますが、いつでも患者の立場に立って看護をす ることを忘れずに、訪問看護をしていきたいと思います。(32才・看護婦)                       
*やはり介護を受ける家族の立場から言えば、単価の安いヘルパーの方への依頼が訪問看護婦への依 頼より多いのが現実だと思う。が、それ故に医療事故も多いのも分かった。やはり、そういったヘ ルパーの事故を減らすためにも、在宅医療に対しての法律改善が切実な問題であることをあらためて感じました。(看護婦)
 
*今、療養型の病院で介護福祉士として働いています。
 吸引など、いろいろ医療行為をいしています。横にナースがいても私たちが吸引しなきゃだめで、 ナースもやって当然と思ってます。きっと、家族がやっていることだしの感覚だと、看護婦さんの 行為にしても、男性の導尿カテーテルは医師がやるもんだとか言いながらやってます。私も、吸引 は、やってはいけないと思いながら…夜勤、Ns1名、介護2名でやってます。Ns.が検温時、 患者さんが痰をいっぱい吐き出しているのに知らないふりはできません。それをNs.に頼むと嫌 な顔されるし、今日の話しで、何がチームプレイや連帯性なんでしょう。特に私が働いている病院。 もし、何かことが起きてからでは遅いし、私も資格がなくなるでしょ。在宅もそうですけど、施設 の安全性も望みたいです。(27才・介護福祉士)                        
*1年前より訪問者護に携わっていますが、今の保険制度の中で決められている訪問看護の中では、 本当に患者さんが必要としているケアを十分提供できないことが多いと感じています。時間やサー ビス利用料の制約の中で、現場では各々のスタッフの個人的な判断で報酬にならないサービスで対 応していることも現実としては多くあります。保険制度も含めて今後の在宅医療のあり方をもっと 考えていく必要があると痛感しています。(34才・看護婦)                
*私自身が勉強不足だったため、とても勉強になりました。私は病院勤務があり、看護婦さんの指導 のもとで、吸引、頚管栄養をやっていました。やっぱりやらざるを得ない時があると思いました。(26才・介護福祉士)
 
*大変勉強になりました。
 本日出された意見や提案が実現するために、何をしたらよいかは考えておられるのでしょうか。
 常によい意見を出しても、それを持って改善する方法を次に考えていってもらえればと思います。 大変期待しております。                        (35才・会社員)
                  
*今回、ヘルパーの立場・位置が在宅ケアにとって一番身近な存在であるも、家族ができる医療行為 がヘルパーには業務的に法律的に行えないというもどかしさがあることについて考えさせられまし た。僕も老健での仕事内容について看護と介護の明確なラインが職員の中で認識できていないこと でスムーズに仕事が進まないことが多々ありました。早く法改正に取り組まれ、看護、介護を受け る方たちにとって、よい結果が出たらと思い願います。(23才・看護士)                    
*大変勉強になりました。ありがとうございます。
 介護と看護についてなんとなく理解できました。しかし、施設によっての違いはあるにせよ(現状 では)、せめて地域単位で標準化の必要はあると思います。(31才・一会社員)
 
*安全というテーマの中で職務領域、責任etc.という対比を揚げたうえでの会であったのですが、や はり私自身は職務として以前に、その職として、あるいは人間としてべーシックなコミュニケーシ ョン倫理として、人に対して働きかけるという、生命に携わるという心構えが第一で、そこが何か 一人一人現在見落とされているような気がしています。(31才・社会福祉士)                                      
*興味深い内容で初めての参加でしたが、アッという間の時間の経過でした。在宅看護における医療、 看護、介護の安全を目指して訪問看護婦としての自覚と責任を感じました。インシデントをアクシ デントにしないために、院内でも一人ひとりの自覚と認識を見直していこうとしています。(51才・看護婦)
 
*ホームヘルパーは、このような全に参加することは全くと言ってよいほどありません。
 サービス提供責任者として、医療行為についてはいつも悩んでおり、少しでも勉強になればと思い 参加させていたださましたが、とても勉強になりました。ありがとうございました。(47才・ケアマネージャー)





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