医療の安全に関する研究会
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「医療の安全に関する研究会」ニュース
Newsletter No.14
(2000・3・1 発行)

研究大会報告号
目  次

巻頭言 池田卓也  

研究大会報告:
  シンポジウム「在宅医療・看護・介護の安全と課題」報告  稲留佳子
  第4回研究大会を聴いて 品川信良
  中村義美さんの問題提起に思う  堤 寛
  第4回研究大会参加者の声ー当日のアンケートからー


分科会報告:
  「医療の安全に必要なコスト・人員・制度などの分科会」報告 品川信良
  「医療用具・ME機器の安全分科会」報告 池田卓也
  「歯科の安全に関する分科会」報告 鈴木俊夫
  「在宅医療・看護の安全に関する分科会」報告 村松静子
  「医療の質に関する分科会」報告 福間誠之
  「医療廃棄物の安全に関する分科会」報告 渡辺 昇
  「麻酔の安全に関する分科会」報告 芦澤直文

 
巻頭言
第4回研究大会実行委員長 池田 卓也

 第4回研究大会は昨年12月11日、前回の東京に続いて初めて大阪で開催された。参加された皆様には大阪大学へのアクセスに、ことに土曜日でご不便をお掛けしたが、会場に最新設備の大阪大学コンベンションセンターを利用できたのは、的場梁次理事のご尽力によるものである。

 今回は介護保険の実施を目前に控え、「在宅における医療・看護・介護の安全」をテーマにしたが、午前の総合分科会討論のあと、午後から2つの特別講演は今大会を迎えた大阪大学の先生方にお願いした。まず、法医学の的場梁次教授は「法医学から見た医療の安全」の観点から「在宅での孤独死」について、近年急速に増加した独居高齢者の死亡原因など監察医務のデータに基づき、今後在宅で考えて行くべき問題点を示唆された。

 つぎに保健学科の阿曽洋子教授は「在宅看護・介護と安全性」について、寝たきり老人を10年間追跡調査したデータなどを踏まえ、在宅の安全の視点から介護者と要介護者にとっての医療・看護・介護の調和や、縦続的質的評価の重要性などを強調された。

 日本福祉大学二木立教授の特別講演「在宅での医療の安全と経済」では、在宅ケアの医療経済学的分析と、介譲保険に続く医療改革に対する医療政策研究の立場からの経済予測を中心に述べられた。とくに、在宅ケアにおける家族やボランティアのコスト、QOLや副作用の経済評価や配分効率を強調され、在宅ケアの経済性に対する誤解や 在宅ケアにおける医療と福祉の連携と安全性への影響などを指摘された。また会場からのプロセスイノベーションと安全の関係や社会常識と政策とのギャップなどについての鋭い質問にも、臨床経験を踏まえた明快な論理の説明は、参加者に深い感銘を与えた。

 最後にシンポジウム「在宅医療・看護・介護の安全と課題」は、在宅看護研究センターの村松静子先生の司会により、まず問題提起として実際によくある仮想の在宅症例が提示され、本研究会の理事である各シンポジストが人権擁護・教育の重視・薬剤の安全・質的評価など専門の立場から発言する形で始められた。ここで在宅ケアの多くの問題点が浮き彫りにされたが、特に家族を含めた各職種の業務分担と制度上の矛盾や、関与する職種のチームワークの重要性と単なる職種・階層とは違ったリーダシップのあり方などが強調され、さらに来年の大会で引き続き在宅の問題を引き縦ぐことになり、全プログラムを終了した。

 この冬一番の寒波予報に拘わらず、参加者150名の盛会は準備した者には喜ばしいが、その3/4が非会員であったことは、より多数の会員参加を望む反面、非会員の多数参加は今回のテーマヘの関心の高さを示すものであろう。ここで大会の準備と運営に共催の形で全面的に御協力頂いた、的場梁次理事と法医学教室の黒木尚長先生ほか教室員の皆様に心から感謝するとともに、平成12年12月9日(土)に宮治眞理事にお世話項いて、3年振りに名古屋で開催される第5回研究大会がさらに盛会で、本会が医療の安全に貢献できることを願って止まない。

 
第4回研究大会報告
 シンポジウム 「在宅医療・看護・介護の安全と課題」報告
在宅医療・看護に関する分科会事務局 稲留佳子

 在宅医療・看護に関する分科会担当理事村松静子氏(在宅看護研究センター代表)の司会で、「在宅医療・看護・介護の安全と課題」をテーマに行われたシンポジウムについて報告する。

 最初に、在宅看護に長年携わっている司会の村松氏より、「近年の社会情勢の変化により在宅療養の姿も大きく変わり、家がICU化という現状も起こっている。その中で医療、看護、介護が重なり合いその役割も変化している。今日は医療・看護・介護の現場に共通して起こっている問題に注目し、本研究会の趣旨である『安全』に視点を当て、医療関係者だけでなく介護関係者、一般市民の方々もご参加いただき、討論を戦わせ、実りあるものにしたい」と述べた。

 そしてまず、在宅看護の実践・教育に携わる中村義美氏(在宅看護研究センターおおさか・代表)より「在宅療養において安全を脅かす様々な状態をケアチームで検討し、問題解決に向け努力している。しかしなお綱渡り状態におかれ、一歩誤れば療養者・家族もケアチームも危険に晒されかねない多くの問題がある。本日は具体的な事例から問題を取り上げ、各エキスパートの助言を頂き、今後に生かしたい」と提言趣旨の説明があり、以下のような事例が紹介された。

〈事例〉

T氏、75歳男性、脳梗塞後、植物状態。72歳の妻と2人暮らし。2年前に発症後、入退院を繰り返している。気管カニューレ、胃チューブ、膀胱留置カテーテルが挿入されている。仙骨部に褥瘡あり、エアマット使用。退院後、開業医による週1回の往診と往診医の指示書に基づいて行う訪問看護ステーションからの週3回の訪問看護を利用。当初、医療依存度が高いためホームヘルパーは不適応ではないかとされたが、高齢である妻の介護負担を軽減する目的で週5回のサービス利用を開始した。子供(一男・一女)は遠隔地に居住のため妻の介護を交代できる親族はいない。日曜を除く毎日、誰かが訪れるようになってはいても妻の介護疲れが予測される。妻は看護婦やホームヘルパーが訪問中に買い物・用事を済ませるようにしている。又、看護婦・ヘルパーの勧めで散歩とマッサージ治療を受けるようになった。その間、看護婦・ヘルパーが必要なケアを行うようにしていた。

 ヘルパー訪問時は妻が医療行為をすべて行ってから短時間だけ外出すると取り決めていたが、ある日、妻の外出中、どうしても吸引が必要となりヘルパーが実施した。このことがきっかけとなったのか妻は「ヘルパーさんは出来る。頼めばしていただけるのでは・・・」との誤解をし期待を持つに至ったようである。高齢の妻としては、慣れてきたとはいえ、経管栄養、褥瘡処置など緊張を強いられる医療処置である。訪問時、1回でも助けて欲しいと再三ヘルパーに依頼するようになった。妻に対しては医師、看護婦、ヘルパー各々の役割を説明している。ヘルパーは自己の役割をその都度説明し理解を得られるようにしているが、妻の不在時はやむを得ず吸引だけは引き受けざるを得ない状況となっている。各種チューブ、カテーテルの交換は昼間往診時に医師が行うことを取り決めとしている。しかし土曜日の深夜、カテーテルが閉塞し、妻が洗浄液注入を試みたが開通させることが不可能であった。緊急訪問をした看護婦は予備として置いてあった器材を用いて留置カテーテルの交換と膀胱洗浄を実施した。気管カニューレと胃チューブについても同様のことがあった。看護婦は留置カテーテルに関して、昼間医師が往診時に膀胱洗浄をしていただくことはどうかと尋ねたが、感染を助長するとして実施することにはならなかった。妻は高血圧症で降圧剤を内服している。時々不眠のため医師から催眠導入剤を処方してもらったが、眠りすぎて吸引の間隔が伸びるのを心配し、結局1回も使用していない。最近看護婦は妻が見慣れない錠剤を持っているのに気付き、何の薬か尋ねた所、「胸やけがするので先生に頼んでいただいた」と制酸剤を服用していた。一方、降圧剤を処方してもらっている病院から消化酵素剤他の薬も重複して服用していた。看護婦は同じ消化器系の薬であっても作用が拮抗するものがあることを説明し、別の医療機関へ行くときは必ず現在受けている治療のことを話して薬を持参するよう勧めた。

事例より、安全性の課題として
(1)老老介護で二人暮らし、安否確認の必要性
(2)家族介護力が弱い
(3)医療処置が多い。
以上についてリスクマネージメントも含めケアマネージメントが必要。

各職種が抱える具体的な課題として
(1)ヘルパーが吸引等の医療処置をやらざるを得ない状況
(2)上記の問題について、ヘルパーチームのコンセンサス(知識・技術の習得、事故防止対策、事故時の保障問題を含めて)が不明 
(3)医療処置に対しての役割分担(医師・看護婦)の再確認がないままの現状 
(4)重複投薬のリスク。服薬管理能力の査定とその指導(妻のセルフケア能力に応じた対応) 

(1)(2)(3)の場合、看護婦・ヘルパーがやむを得ずやった行為と考えていても、妻または家族に対して、インフォームド・コンセントがなされていない状況 E事故が起きた場合の責任は、実施の当事者が負うことになるが事故を前提とした対策が立てられていない状況。

 以上のような安全を脅かされる様々な問題を提起。それを受けて各シンポジストがそれぞれの立場から意見を述べた。

 まず、人権擁護の立場から加藤良夫氏(医療事故情報センター理事長・弁護士)は、医療依存度が高く病態把握が重要なケースであり、業務の内容は正確度を要求される。資格制度(免許)は安全と結びつく重要な要素。看護婦に危険度、難易度の高い病態把握ができる教育がされているか、保助看法での診療の補助における「医師の指示」にきめ細かい条件が必要だろう。ヘルパーも緊急時の異常の発見ができ、医師の通報したり緊急通報の手順などトレーニングが必要である。老老介護で危険は常。緊急避難としての救命処置であれば誰が行っても可能である。結論として、建前通りを通すか、このまま曖昧にいくのかの選択になるが、このケースは本来なら施設に入所すべと考えると述べた。

 次に、教育の重要性を推奨する立場から堤寛氏(東海大学医学部助教授・医師)は、介護とは英語にはない概念であり、看護・介護をまとめてCareと言うが、このケースがなぜ在宅ケアなのか。施設入所のケースである。又、ケアチームのリーダーは誰なのか不明確、はっきりさせる必要があるのではないか。それぞれが対等の立場で役割分担し、時には権利委譲も必要であろう。役割は逸脱しないとかえって危険な場合がある。役割分担について今後考える必要があるだろう。また、介護者への安全のための教育も必要であり、その内容として(1)介護方法(2)介護者の健康管理(風邪予防、ワクチンの勧め等)B感染予防・手洗いC医療廃棄物の処理(3)抗癌剤の残ったとき(4)死亡時の処置法などを挙げた。

 安全な薬剤管理を推奨する立場から発言した串田一樹氏(昭和薬科大学物理学研究室助手・薬剤師)は薬剤師の臨床への取り組みはまだ緒についたばかりと、薬剤師界の現状が語られた。そして今後の課題として、効能、効果、相互作用、副作用の説明と、自己管理能力を支える分かり易い説明文など服薬支援。かかりつけ薬局にお薬手帳を示せば重複処方も避けられ、医師への意見も返せるようなシステム作り。医療廃棄物の処理方法の啓蒙などへの取り組みの必要性を挙げた。

 最後に、福間誠之氏(明石市立市民病院院長・医師)が、サービスの質を評価するには基準あるいは標準がなければならない。評価尺度には当然患者側からの評価(満足度)が含まれ、さらに途中チェックと結果評価が必要など、サービスの質評価を推奨する立場から発言。本ケースに対して、何か起こったときどうするか、どこまでやるのが良いのか、急変時は?等、支援システム、マネージメントを考える必要がある。在宅か施設か、誰がすべきかと二者択一ではなく、教育、介護者のQOL、健康とのバランス等を考え、施設を上手に活用するなど、病院・施設との連携を密にし柔軟な対応が求められると述べた。

 その後、シンポジスト間、フロアとの討論に入り、「病院を追い出されるケースの経験からショートスティなどの選択肢を説明し介護負担の軽減を図る必要性がある」「事例のケースは今後、介護保険と絡み在宅より療養型病床群の対象になる。10年後介護福祉士は准看護婦との同じ役割を担うだろうし、今後現行資格制度だけでは対応できない」「近隣、地域が人の心に目を向ける気持ちが少なくなっている現状では、チームで心のケアも含めて関わる必要があり、今後複合体やグループホームなどの施設の需要が増えるだろう」「チームで取り組むとき誰がリーダ−シップを取るのか、マネージメントが重要」など議論が展開された。

 時間不足ではあったが活発な意見交換がなされ、最後に司会の村松氏が「いろいろな立場の方から多くの示唆を頂いた。これを機に、今後の在宅医療・看護・介護を推進していく上での『安全』にさらに拍車がかかることを期待する」と締めくくりシンポジウムを終了した。

 
第4回研究大会を聴いて
弘前大学名誉教授・セミナー「医療と社会」代表  品川 信良

 私はかねがね、加藤良夫さんとは昵懇(じっこん)の間柄にあり、この研究会には、創設当初から、その趣旨にも共鳴して、関係してきた。しかし何分にも遠隔の地に住んでいる上に、毎年の開催がいつも慌ただしい師走(12月)であるので、このところ失礼ばかりしてきた。幸い今回は、前日、仙台と福島で所用があったため、そのついでに大阪まで脚をのばし、午後の部だけは辛うじて拝聴できた。その結果、「午後の部の印象だけでいいから」と編集部から求められ、ここに印象の幾つか述べるという破目に陥った。

 第一の印象は、非常に熱心な方ばかりがお集りであったが、その数は、非常に少なかったということである。もちろん研究会や勉強会は、教ではなくて質であるが、しかし、医療に直接かかわっている方々の参加が少ないのは残念であった。これは他の類似の会、例えば「医療倫理」、「医学哲学」、「医事法学」などの会でも、みな同じことである。最初、旗あげしたころは、かなりの人が集まる。しかし、段々集まらなくなる。忙し過ぎるからなのか、さしあたってのメリットや御利益(ごりやく)がないからなのか、それとも自分たちの悪口ばかりを言われるとの印象をお持ちなのか、その辺は明かでないが、ともかくも医療関係者の参加は、段々少なくなってゆくのが常である。

 かって40年ぐらいも前に、私はパリーで、「パリーのアメリカ人」という映画をみたことがある。金持ちではあるが、田舎もののアメリカ人を、フランス人がからかっている映画であったが、それをアメリカ人観光客たちが、フランス人たちと一緒に、笑いながらみているところが印象的であった。直接医療にたずさわっている者には、他の分野の人から批判や悪口をたたかれても、それに謙虚に耳を傾け、笑って受けとめ、自分たちの仕事を改めていくためのバネにするという度量もあって欲しい。

 第二の印象は、弁護士さんや保健・看護系の方の意見は、かなりはっきりしていたが、医師側の意見は、いま一つはっきりしなかったことである。特に、「在宅医療・看護・介護の安全と課題」と題するメインテーマの、講師4名のうちの2名は医師であったが、その立場が違ったせいか、その意見は、余り明確ではなかった。それだけ、同じく医師とはいっても、その立場立場によって、意見は違うのでもあろう。

 第三の印象は、このシンポジウムの主題に直接関連してである。このシンポジウムは、気管カテーテルや留置カテーテルなどを必要としているような、本来なら入院しているような「在宅患者」に関するものであり、「いわばその枠をどこまで広げるか、広げられるれか、万一何かが起きたときは誰の責任か」などに関するものであった。介護系の方からは、できるだけその枠を広げようとしているかのような発言が多かったが、これに対しA医師などからは、「日本語でいう介護を、英語に訳せばどうなるのか。Home careかfamily careかなどという発言もあった。

この問題に関しては、加藤良夫さんの御意見が、一番すっきりしていた。「在宅で、家族や介護士やヘルパーなどがどこまでやってもいいかは、その緊急度、難易度、危険度のほかに、免許(制度)のことも念頭におかなければならない。困難な危険な処置までも必要とする緊急の方が在宅したり、緊急避難行為を慢性的に必要とするような方が、在宅するというのもおかしな話だ。またその際、医師や医療機関との関係は、もともとどうなっていたのか」などと、率直に述べておられた。 高齢者問題が、やがて今のような危機的な状態になるであろうことは、実は40年ぐらいも前から分かっていた。例えば武見元日本医師会長などは、かねがね警告していた。それを怠ってきた先見性のない日本の政治、

それを見逃し、また支えてきた国民、その政治や国民に警告を与えもしなければ、説得もできなかった関係知識人や関係学者などの、いわば「ツケ」がいま廻ってきたまでのことなのである。

日本人はいわば、視野狭窄の超近視民族である。中国人、アングロサクソン、ロシア人などとは違って、なかなか先を見越すことができない。「来年のことを言うと、鬼が笑う」という諺までがある国である。高齢者問題は、その絶好の例かと思う。そこへ、この度の不況、病院の軒並み赤字、社会的入院患者の激増など。そこでとりあえずは、「在宅ケア」の御旗(みはた)をたて、「老人介護に金と物と人をつぎこんで乗りきろう」、「そうすれば、この次の選挙も大丈夫かも知れない」などというのが、いわばこの4月の見切り発車なのではあるまいか。あとは「世界に冠たる、工夫と耐乏と従属に甘んずる日本国民」何とかなるだろう、国民のほうが何とかするだろうと言うのが、某省あたりの目算らしい。これらが、第四の印象というか、感想であった。

 このほか、色々ためになるお話を、特別講演の的場梁次教授、阿曽洋子教授、二木立教授などから伺った。印象に残っているものを、順不同にあげてみると、次のようになる。

・「いま日本では、年間6−7万の変死体がある。全死亡者の約6−7%に達する。大阪では年約3千件。人口250万に対してで、東京の8千件(人□1千万)に比し、かなり高い。高齢者、特に独居老人に多い。(付記。海外援助もいいが、国内援助をもっと何とかできないものか)

・「下級省庁である文部省や厚生省は……。特に厚生省には、それなのに、いやかえってそのためにか、愚民 意識が強い」(ああ私は、その厚生省から医師の免許を与えられ、監視されながら、文部省管轄下の国立大 学医学部で、人生の大半を送ってきた。)

・世の中には、資格があってもできない人がいる半面、資格がなくてもできる人もいる」(私などの医師にな りたては、古参の看護婦さんや助産婦さんから教わったものであった)

・「日替わりメニューにも似た、何をやっているのかさっぱり訳の分からない看護(界)のしわ寄せが、在宅看護や介護にまわった」(看護大学が益々増えるのは結構であるが、その看護の実力は果たして向上しているものかどうか)

・「(介護される方の)QOL、QOLと皆さんおっしゃるが、誰から見てのQOLなのか」(もちろん、当事者の立場から見てのQOLなのではあろうが、しばしばそうではない。家族からみてのQOL、介護者からみてのQOL、厚生省、労働省、大蔵省などからみてのQOL等々、様々である。また当事者の意見を、誰がどう確かめるかも、大変面倒な問題である)

・「在宅、在宅と、皆さんおっしゃられるが、住宅事情、家族構成などは、まことに千差万別である。一緒には論議しにくい」(この際、最近お亡くなりの、高貴なお方などの御在宅ケアに、どれくらいの人手、お金、設備などがかかったものかを、どなたかお調べになられてはいかがなものであろうか。厚生省か大蔵省がやってくだされば申し分ないが)

 
シンポジウム「在宅医療・看護・介護の安全と課題」
中村義美さんの問題提起に思う
東海大学医学部病理学、安全教育分科会担当理事 堤 寛 YutakaTsutsumi

 安全教育担当会員として、提起された症例に対してどう考えるか、というむずかしい課題をいただいて、かなり困りました。看護や介護のしろうとである私が意見を述べるのに抵抗のある方もいらっしゃるかもしれません。実は長女が看護学科3年生に在学中でもあり、自分の役割の重大さにずいぶん緊張しました。中村さんの問題提起に対して、私なりに感じたところを率直に述べさせていただきます。

 患者さんは、高齢かつ脳梗塞後で植物状態にあり、多数のチュープを挿入された状態で、しかも在宅ケアを受けている。加えて、高齢の奥さま一人しかいない状態だそうです。子供たちは遠隔地にいるため、週1回の医師の往診、週3回の訪問者護、そして週5回のヘルパーを頼んでいるという。長期間の在宅ケアを続ける間に、3つの職種の人たちと近親者(奥さま)の間の役割・責任分担、ひいては信頼関係にいろいろな問題が生じている。

 まず率直に思うのは、この患者さんがなぜ在宅で介護されねばならないのか、基本的に無理があるという点です。在宅か入院かの選択は奥さんの希望なのでしょうか。きたる4月からは、長期療養型病床群に指定された病床に入院する場合は介護保険が適用されるようになります。そうなると、こうした患者さんが入院を続けやすい環境になるのでしょうか。現在の一般病院では、「平均在院日数」が問題とされ、入院の長期化は採算ベースにあわないような仕組みになっています。いったい、そのしわ寄せの結果なのでしょうか。医療改革は、このような患者さんが安心してケアを受けられるためのシステム改革であるべきなのではないのでしょうか。

 ケアチームのリーダーシップが不明療な点も気になります。それぞれの職種のケアスタッフの役割分担をもっと明確にすべきでしょう。私は、訪問看護婦が中心になってケアを行うべきだと思います。週に1回しか診ない医師が中心だと、うまく機能しないと思います。看護婦も医師に何かと遠慮しそうですよね。看護婦中心に運用するとすれば、当然、看護婦に受け持ち制を導入しないとむずかしい。その辺がどうなっているのか、とても気になります。

 医師、看護婦、ヘルパー、奥さまの役割分担を明確にするのは大切ですが、行ってよい行為を明確に分け過ぎてしまうと、実際の運用はむずかしくなるでしょう。事故が発生した場合の責任問題があるために踏み込みにくいのでしょうが、この点に関して奥さまを含めた十分な話し合いが必要でしょう。この場合、おざなりのインフオームドコンセントは無用です。何をどこまで説明するのか、どこまで理解できたのか、同意とは何か。信頼関係の再構築が何よりの前提条件でしょう。

 実はこんな経験があります。いわゆる緊張性気胸による呼吸困難で救急車搬送された患者さんが亡くなり、私が病理解剖を担当しました。慣れた救命救急土なら、緊張性気胸の可能性を判断できます。その場合、人工呼吸をする前に、胸腔に針を刺して脱気する必要があります。やみくもな人工呼吸は事態を悪化させるばかりなのです。ところが、現在の法体系では針を刺す行為は医療行為で、救命救急土には禁じられているのです。この辺の融通がきけば、この患者さんは助かったかもしれないのです。確かに、業務内容について、危険度、難易度、緊急度をしっかり把握するにはかなりの専門知識と経験が必要になります。適切な病態把握にも同じことがいえます。やはり医師じゃなければだめ、という一見無難に思える、しかし「安易な」結論にならないようにするにはどうしたらいいのか、議論の輪を広げる必要がありそうです。資格制度のありかたの根幹に関わる問題でもありますよね。当然、看護婦の専門性subspecialityの問題にもかかわってくるでしょう。

 最後に、安全教育の視点から少し考えてみたいと思います。医学知識に乏しい人に対してどのように説明し、説明した内容がどの程度理解されたのかをどう判断するかが、とても重要なポイントでしょう。

指導すべき内容を考えてみましょう。
 (1) 正しい介護方法(腰痛対策や転倒防止)
 (2) 感染症対策(経管栄養、褥創処置、手洗いの重要性、手袋の使用法)
 (3) 廃棄物対策(紙おむつの取り扱い、チューブ・ガーゼ類の処理、余った抗生剤などの薬剤の処理) 紙おむつの処理は市町村ごとに扱いが異なるようです。
 (4) 死亡時の処理
 (5) 介護者の健康管理、介護疲れ対策(インフルエンザワクチン接種、精神的・経済的負担に対するカウンセリング、体力・持久力の問題)

 こうした安全教育をいつだれがどのような方法で行うか、その役割分担も重要です。この意味でも、ケアチームにリーダー格がぜひとも必要ですね。

 将来、このような患者さんが在宅にあふれてしまうのでしょうか。それはあまり幸せな社会の姿ではないと思います。長期療養型病床群の充実とともに、このような患者さんをつくらないようにする工夫や社会的合意が必要ですね。

 
第4回研究大会参加者の声 
〜当日のアンケートから〜
編集委員会

1.研究大会当日、アンケートにお答えいただいた29名の参加者の方々の声をまとめてみました。

2.研究大会のテーマについては、非常によかったと回答していただいた方6名、よかったと回答していただいた方18名、ふつうと回答していただいた方3名で、このテーマの関心の高さが伺え、来年も同じテーマで研究大会を開催する必要性を感じました。

3.ご自由に記載していただいたご意見・ご感想は、おおよそ次のような内容でした。

 *看護婦だけでなく、いろいろな立場の識者の意見が伺えて大変興味深く有意義であった。(同旨のご意見多数)

 *シンポジウムで取り上げた事例や発言者の発言内容をプリントとして配って欲しい。

 *どの立場で安全性をみるかで、問題は多様である上に、在宅医療における安全性の観点が未確立であり、演者の先生方もテーマを正面からとらえ切れていなかった印象が強い。

 *時間が忙しい。シンポジウムの時間が短い。(同旨のご意見多数)

 *医療ケア・看護ケアを無資格者はしてはいけないというが、何故家族が許されるのか、許されると言うより、することを前提とした在宅は反対したい。

 *在宅看護でのリーダーシップのあり方、在宅医療の持つ現在の課題等、かなり明確に提示いただいたように思いました。

 *現場で活躍するナースの発言する時間がなかった。もう少し発言できるムードが欲しかった。ナースの意見も聞きたかった。 (同旨のご意見多数)

 *日常的には行き詰まっていることに風穴をあけてくれた気分でとてもよかった。

4.次に、今後のテーマとして取り上げた方がよいものについてのご意見をまとめると、次のようなものでした。

 *在宅での医療機器使用

 *訪問看護婦の責任の所在

 *ペースメーカー使用中の患者さんが亡くなった時の処置

 *在宅での密室性の問題

 *在宅介護等に伴う廃棄物の問題

 *在宅での薬剤使用

 *介護保険との関係

 *在宅でのMRSA、C型等の問題

 *院内感染

 *感染性廃棄物

 *医療者の安全

5.お寄せいただいた貴重な意見を十分参考にさせていただいて、次回の研究大会に活かしていきたいと考え ています。ありがとうございました。

 
「医療の安全に必要なコスト、人員、制度などに関する分科会」報告
弘前大学名誉教授・セミナー「医療と社会」代表  品川 信良

 この分科会は、東京の丸本百合子さんと私が中心になって、仕事をすることになっていた。しかし、お互いに忙しい上に、遠く離れて住んでいるため、顔をあわせるのは年に1−2度、ときどき電話やファックスで連絡をとっている程度である。

このため、特に作業らしいことは何ひとつしなかったことを、大変心苦しく思っている。だが、何も考えたり、議論したりしなかったわけではない。二人の間では、色々なことが話題になってきた。特に彼女は、はるばる昨年も一度、私どものセミナーにおいでになってくれた。そのときの話題などを中心にして、簡単な報告を行い、もって責めをふさぎたい。

1.「安全、安全」と叫ばれながら、人員を減らされたりしている日本の医療機関 最近、デパートや銀行などには、強盗が入ったりすると、その安全確保のために、防犯カメラなど、色々な設備がされたり、特別の人員が配置されたりすることが多い。つい最近、東海村で臨界事故があったが、その結果、「原子力災害対策特別措置法」なる法律が、急遽制定され、通商産業省内には「原子力防災専門官」なるポストが、新たに設けられることになった。その良し悪しや、妥当かどうかは別問題として、このように他の部門では、何か災害やリスクがあると、安全確保のために、人員が増やされたり、新しい法律がつくられたりするのが普通である。

 しかし、こと医療に関する限りは、そうではない。いまの大抵の病院などは、逆に、人員削減の方向にある。「たるんでいる」職員の教育や再教育、リスクマネージメントの徹底などが必要なことは良く分かるが、そのための投資も、同時にお願いしたい。

2.もともと人間的なものに欠けている日本の医療と医療機関

 近年、患者のためのアメニティということが頻繁に言われるようになった。これは、大変結構なことである。しかし不思議なことに、医師、看護婦などのためのそれが、論議されたことは、ほとんどない。テニスコートまで備え、職員は昼休みをたっぷり一時間以上もとり、テニスに興じたりしている職場もあるというのに、私などはよく、昼食を午後3時ごろにとったりしたものである。

 テニスコートはおろか、ちっちゃな娯楽室も、図書室や病歴室も碌にない医療機関が、日本にはまことに多い。「そんなものを設ける余裕があったら、そこにも患者をいれて、もっと稼げ」というのが、然るべき筋の見解である。図書室や病歴室のための定員が確保されている病院は、大学の付属病院以外には、日本には余りにも少ない.アメリカなどの病院は、「医者や看護婦は、生涯勉強しなければならない」というので、専門の司書つきの、立派な図書室を備えているところが、大部分である。開院以来のどの患者のカルテでも、5分以内には出てくる、という病院も珍しくない。そのための専門要員がおり、多額の設備投資が行われているからである。

3.平均寿命が世界一長くなったのが、日本の場合、かえって仇(あだ)になった その結果、日本の医療は世界一、優れているかのような錯覚に、医療担当者も国民も陥ってしまった。またこのことを、鬼の首でもとったかのように、喧伝する官庁、政治家、評論家など現われた。平均寿命の延長には、戦後の平和憲法や国民皆保険制度などが、確かに貢献した。また、戦後の日本国民全

体の努力の結晶でもあるが、しかし、日本が比較的穏やかな気候の、風土病などの少ない島国であり、また義務教育水準や識字率などが非常に高い国であることなども,忘れてはならない。断っておくが、日本の医療水準は、決して世界のトップレヴェルにはない。特に安全性の確保や、リスクマネージメントの面では、かなり、まだ遅れている。

4.「安全神話」に酔いすぎている日本人

 日本人の科学・技術信仰は、かなりのものである。戦前はドイツのそれに、戦後はアメリカめそれに寄りかかり、酔ってきた。また、新幹線を走らせ、カメラ、テレビ、車、半導体産業などに支えられて外貨をためこんだ頃から、多くの日本人は、日本の技術はあたかも「世界一」であるかのような錯覚に陥った。しかし5千人以上もの方が尊い命を失われた神戸の災害をみるがいい。ロケットの相次ぐ打ち上け失敗をみるが良い。東海村や文殊(もんじゆ)の原子力災害をみるがいい。日本の科学・技術は、まだまだである。

5.この世はリスクに満(み)ち充(み)ちている:医療また然り。

 リスク(risk)とベネフィット(benefit)は、裏表のことが多い。人生も医療も、全く同じことである。アメリカ式の「幸福の追求」もいいが、この資源の少ない日本である。追求できる幸福にも限度がある。今こそ「足るを知る」必要がある。また、「人間の理性ほど優れたものはない」「その理性の故に、人間は自然や、多くの病気などを征服してきた」「地球上の資源、動物、植物などは、みな人間様のためにあるのだ」などと、欧米の哲学者たちなどは説いてきた。そして明治以来、私たち日本人は、強くその影響を受けてきた。しかし、果たしてそうか。人類は、人間は、そんなに偉いのか。いや、この地球や宇宙のほんの一時期を画している。生物の一種にすぎないのではないか。

人間の「理性、理性」と言うが、それなら、ダウン症児やアルツハイマー症患者などは、人間ではないというのか。その「理性」とやらを駆使して、悪事を働いたり、人殺しをしたりする者が、あとを絶たないのはどうしたものか。彼ら凶悪犯人の「理性」は、果たして「忠犬ハチ公」(の「本能」)などに勝ると言えるのか。かつて「純粋理性」や「実践理性」を一番説き、これを信奉してきた筈の国の人々が、あのホロコースに走ったのはなぜか。「理性」に劣るものや欠けるものは、抹殺しても構わない、と考えたからではなかったのか。

 こう考えてくると、人間にとって一番大切なものは、「理性」ではなくて、「愛」「慈悲」「同情」などの「こころ」であり、また、他の人々は勿論のこと、他の動物や植物、更にはこの自然全体との「共生」、ということになりそうである。私たちは「理性」だけで生きているのではない。みんなのお陰で生きているのである。極端なことを言えば、口内や腸内の細菌などのお世話にもなりながら、綱渡りのようにして、私たちは生きているのである。腸内細菌に異変が起きただけでも、私たちの命は脅かされ、しばしば失われる。

 思いあがってはいけない。この世は、リスクで満ち充ちている。「老・病・死・苦」や「貧困、失業、争い」などから私たちは、永久に解放されることはない。それと同じことで、医療にもリスクは充満している。医療者も患者も、製薬会社も医療機器メーカーも、皆もっと、「謙虚」になり,医療には、ベネフィットとリスクが同居していることに、もっと真摯(しんし)に目覚めようではないか。

 そして、「謙虚」に診療にあたり、また、「謙虚」に、診療を受けようではないか。医療における安全の確保や、リスクの回避、軽減、マネージメントなどには、これしかない。

(2000年2月17日朝 記す)

 
「医療用具・ME機器の安全に関する分科会」報告
担当理事 池田卓也

1.「針刺し事故防止器具の評価」

 本研究は、分科会発足時からNTT東海の大久保 憲と名古屋地区の病院の協力を受けて進めて来たが、諸学会発表を通じた提案や、評価データに基づくメーカの器具改良など、現段階での一定の成果を挙げることができた。したがって、今後の状況変化に応じて、必要な再検討を試みることを前提にして、昨98年度で一旦終了した。

2.「医療用具・ME機器添付文書ガイド案の検討」

 本研究は最初、本分科会で名城大学の酒井順哉先生を中心に愛知県臨床工学技士会の協力を得て、ME機器や医療用具の添付文書や取扱説明書が、どれほど安全に配慮されているかについて調査検討した。その結果、約半数くらいは説明書がないとか不備であるとか、医療現場で適正な利用が行われていないことがわかり、本研究会や他の学会にも発表してきたが、これは昨年の報告のように、酒井順哉理事を班長とする厚生省の科学研究に発展し、本分科会員の一部と関連業界や識者代表などによる研究班がスタートした。

 昨年度はメーカー300社に対する体裁、表現、記載事項及び記載順などの調査結果から、これら文書に必要最低限の記載条件を医療機器・医療器材・医療材料に分けたリストの暫定版を作成した。この報告書を業界に提示すると非常に反響があり、このリストで問題点が明らかになったが、具体的に使える形ではないとのことで、今年は個々の機器・器材・材料に絞り込み、それぞれに特定できるような添付文書の条件について作業を進めている。来年度はさらにメーカー側も厚生省も使えるガイドブックの形にすることが目標である。

 また、これに平行して医療用具の不具合について200床以上の病院1800施設を対象に調査中であるが、これを本研究会でもさらに議論するかどうかについては、また来年度に検討を予定している。

3.「在宅医療・介護における器具・器材の安全」

 昨年、パイロットスタディとして行った小規模なアンケート調査の結果を報告したが、今年は研究大会への参加案内を兼ねて、大阪府下の訪問看護ステーション253ケ所に、機器・器材による事故の有無、事故に繋がる不具合の有無など、昨年と同程度の簡単なアンケートを郵送した。しかし残念ながら回答率は非常に低く約11%に止まったが、そのうち事故の経験が14%、事故に繋がり兼ねない不具合が22%、つまり事故も不具合も無いのは74%と言うことで、この率が高いか低いかは、いろいろ検討を要する。回答に挙げられた品名は、バルンカテーテル、人工呼吸器、気管カニューレ、酸素吸入器、吸引器などである。おもに使用する方は個々の器材によって多少違うが看護職員や家族で、原因として器材の不良に次いで誤使用が挙げられている。訪問時に使った後の材料などの廃棄については持ち帰りが多く、患者が使ったものも危険物や医療廃棄物は持ち帰られ、単なる外装などは捨てて貰うと言うのが大体の傾向のようである。その他の意見としては、廃棄の問題や、特定の器材ではカニューレが抜けたり破れたり、車椅子の不具合などの問題があった。

 昨年はインタネットで検索した全国の訪問看護ステーションのうち、無作為に選んだ50ケ所に電子メールで問い 合わせたところ回答率が10%程度だったので、今年は本大会の案内も兼ねて、大阪府下253ケ所に郵送した。発送件数が約5倍に対してコピー・封筒・切手など調査費用は何十倍も掛ったが、回答率が約11%と低いのは、訪問看護の多忙は当然として、関心が低いか、本会に対する警戒感?を含めて質問内容が不適当か、安易に約90%以上がうまく行っていると楽観することも出来ず、何れにせよ調査方法など今後の検討が必要である。

 この回答の範囲での事故率が多いか少ないかは別にしても、もしこれらが医療事故と言われる程度のものであれば、必ずしも低いとは言えない。 一般に故障や不具合は使用頻度の高いものに起こるのは当然で、ここに挙げられた器材が特に故障が多いとは言えず、今回の調査では特定製品の偏りまで推定できないので、今後も定期的な調査の継続が必要である。因みにFDAでは誤使用を起こきせることが、製品の不良であると言っていることからも、この調査がまだ充分な回答を得るに到らないが、今後もさらに検討を続けたい。

 また来年度は、未だわが国では大きく取り上げられていない、ラテックスアレルギーの問題を患者と医療従事者に対する材料の安全という面で考えて行きたいという提案もあるが、その他あらゆる医療用具・ME機器などについての質問や研究テーマのほか、アンケートの改善を含めた効率的なデータ収集など、分科会員以外からも遠慮なく積極的な提案やアドバイスを頂きたい。

 
「歯科の安全に関する分科会」報告
担当理事 鈴木俊夫

 今年度、中垣先生から、担当理事をバトンタッチ致しました。歯科の医療訴訟件数が、急増しているという報告があり、日常診療から在宅へ、また看護や介護における歯科領域の安全性まで幅広く考えていきたいと思っています。

 当面は、歯科領域の医療過誤の実態や安全性について、各地の関係者からその現状を把握し、その問題点などを検討してみたいと考えています。つきましては、どのような問題が起きているのか、私なりに把握に努めますが、皆様からの情報提供を期待致しておりますので、何かありましたらお知らせください。

 
「在宅医療・看護の安全に関する分科会」報告
担当理事 村松静子

 当分科会の今後の進め方を見極める上で、第4回研究大会のシンポジウムは重要でした。何はともあれ、それが終了してほっとしているところです。司会を担当させていただいた私は、正直なところ、押し迫る時間が気になり、各シンポジストのお話にゆっくり耳を傾ける余裕がありませんでした。しかし、改めて、そこで語り合われた事柄を振り返ってみましたら、ある点に気付かされたのです。それは、これまで、分科会として取り組んできた「在宅医療・看護に携わる組織の管理・実践機能の標準案の作成」以前に、まだ行わなければならないことがあるということでした。

在宅医療・看護の安全についての分科会だからこそ行わなければならないこと、それは次の点です。

1. 在宅医療及び在宅看護の実状に加え、今後の方向性をも予測し、分科会として、言葉の定義づけの必要がある。

2. 分科会で検討してきた複数のケースを類似分類し、それらについて、自己選択・連携・チーム・マネージメント・柔軟な対応・システム・地域性・心・満足度に視点を当て、安全を核とした本来あるべき理想像を描いてみる。

3. 2で描かれた理想像と現実のギャップ及び問題点について整理する。

4. 在宅医療・看護を推進する上でそれぞれの職種に求められる技術はどのようなことで、それらにまつわって起こっている問題事項について整理する。

 分科会としては、予定の標準案作成作業を中断し、以上に掲げた4点について実施した方が良いと思われます。早い時期にまとめる方向で考えております。また、その経過については、随時、ニューズレターで報告させていただくつもりです。活用できる確かな標準案を作成するためには、回り道もやむを得ません。担当責任者としては、事前の計画性の足りなさを痛感している次第です。

 
「医療の質に関する分科会」報告
担当理事 福間誠之

1.分科会の活動報告
 平成11年12月11日大阪で開催された医療の安全に関する研究会第4回研究大会の「在宅医療・看護・介護の安全と課題」(司会 村松静子)と題するシンポジュムで「サービスの質評価を堆奨する立場」から発言する機会が与えられ、あらかじめ座長から事例の提示があり、それを中心にそれぞれの立場から意見を述べて討議した。

 (1)医療の質の評価
  一般的に医療の質の評価は@構造:施設基準、人員配置、1)過程:医療機器、治療計画内容、処置・手術の技術、職員の対応、臨床指標、2)結果:患者死亡率、3)その他:TR ISS法(重症度分類より避けられた外傷死予測救命率)によって行なわれている。

 「医療の質評価」とは良い医療からどれくらい離れているかを判断することであり、その「評価方法」としては、@評価基準:何をするべきかを定める、評点規則、1)患者側からの評価:評価尺度、満足度、2)臨床指標:結果の指標、クリティカルパスの応用がある。

 (2)事例検討
 提示された症例は75歳の男性で脳梗塞後2年を経過していて、植物状態にある患者で在宅療養をしている。まず、この患者の医療の目標を明確にすることが必要である。そのためには症状の改善の可能性がどの程度あるのかにより異なってくるが、恐らく入院治療で回復の可能性がなくなり在宅医療になったと思われる。その際、終末期をどのようにするか家族を含めて担当する者(医師、看護婦、介護士など)の合意が大切である。在宅で最後まで診るのであれば在宅で終末期を迎える場合に起こり得ることを予測して、それにたいする対応策を決めておく。起こり得る合併症としては発熱、けいれん、窒息、尿閉(小便がでなくなる)、肺炎、膀胱炎などがあり、これらで生命を失うことがある。これらの合併症を治療したとしても意識が回復することは期待されず、合併症を繰り返しながらやがて終末を迎えることになるが、その際に在宅のまま対応するのか或いは救急車で病院へ搬送するのか決めておく必要がある。救急病院へ搬送されると症状に対して集中的な治療が行なわれ症状が改善することもあるが、意識は回復することはない。このように出来るだけのことをしなければ家族が患者のためにベストを尽くしたという気持が得られないのであれば、最後に病院へ搬送しないと患者の死亡後、家族に悔いを残すことになり、悲嘆からの回復が遅れることが予測される。

 在宅での医療行為に関して訪問看護婦、介護士あるいは家族の役割分担も明確にしておく必要がある。在宅医療の場合は医療者(医師、看護婦)が常に近くにいないために、家族が医療行為の一都、例えば喀痰吸引、をすることになるが、あらかじめその実施方法については訓練をうける必要がある。家族が買物に出掛けて留守の間に喀痰がつまった時にそこに居合わせた介護士あるいはボランティアが喀痰を吸引することは許されるのか問題となる。また、喀痰吸引中に患者が死亡するという事態になれば責任の所在など問題が生ずるかもしれないが、在宅で終末を迎えるという目標が明確であれば、止むを得ないことかも知れない。在宅という種々の制限下で行なわなければならないので、明確に分担を決めることができず、臨機応変にそれぞれの職種の協力が必要ではないだろうか。

(3)サービスの質評価
 在宅医療での医療・看護・介護の質の評価は施設の面での評価はできない。また、実際に行なわれる行為そのものを評価することは困難でをり、結果の評価も終末期で評価の対象とはされ難い。そこで患者・家族が提供されたサービスにどの程度満足しているかによりなされるが、高柳和恵によると患者の満足度は1)期待度、2)実施度、3)満足度によって評価される。一般に回答方式としては1)二者択一方式、2)多段階方式、3)フェイス・スケール、4)線状アナログ・スケールによって行なわれる。この症例のような在宅医療の場合には期待される項目ごと、或いは実施する予定の医療、看護、介護の行為ごとに実施されたかされていないか二者択一方式によって評価され、家族の満足度は総合的に多段階方式により評価される。例えば気管カニューレの定期的交換、清拭、鼻腔チューブの交換などは実施予定日に実施しているかいないかで判定できる。最終的に終末期医療に対する家族の満足度を全般的に多段階方式で評価される。

 クリティカルパスでは医師、看護婦、介護士の役割分担を日ごとに一覧表にすることにより、それぞれの職種の仕事内容が明確になり、重複も避けれれる。実施の情況も評価できるので、今後在宅医療のクリティカルパスを開発する必要がある。

2.今後の活動
 全国的に医療の質改善運動が普及して、また医療の質研究会も定期的に開催されているので参加することにしたい。

 
「医療廃棄物の安全に関する分科会」報告
担当理事 渡辺 昇

 医療廃棄物を巡る昨年末からの騒ぎは、安全を論ずる以前の問題として展開を見せている。それにつけても先般おこなった「医療廃棄物の安全に関する提言」が受け入れられていたらと、残念な思いと力の至らなさを痛感している。しかしその反面医療廃棄物に対する関心は高まったようで、私たちが最重要課題としている医療廃棄物に対する意識改革が多少なりとも出来るのではないかと期待している。

 前置きはこのくらいにして、昨年度の当分科会活動を振り返り、反省をこめて本年度の活動方針を構築しようと思っている。

【平成11年度の活動報告】

 昨年度も例年通り、安全教育分科会と共同で研修会を開催するため、夏前から分科会を数回開き次の要項によって、「医療の安全に関する研修会」を開催した。

 テーマ  集団感染防止対策の確立―院内感染防止対策と医療廃棄物の適正処理

 開催日時 平成11年11月13日(土)午後1時〜5時

 開催場所 駿河台日本大学病院講堂  東京都千代田区駿河台1−8−13

 参加費  1人 3000円

【研修会プログラム】

1. 医療者と結核症(高リスクと低い問題意識)
    東海大学医学部助教授  堤 寛

2. 医療現場からみた結核症の動向 
    結核予防会・複十字病院検査科長  本多 正

3 医療廃棄物処理現場における安全対策
    医療廃棄物研究所長  渡辺 昇

4感染防止対策・医療廃棄物適性処理を巡って
    講師と参加者によるディスカッション  

※当日のテキストが多少残っていますので、ご入り用の方は下記宛に、80円切手10枚同封の上お申込 み下さい。    

〒111−0053 東京都台東区浅草橋3−20−12ニュー蔵前ビル
           医療廃棄物研究所、TEL 03−3865−2353

【平成12年度活動方針】
 当分科会は、提言の趣旨に沿って医療廃棄物の安全に関する課題を解決するためにテーマを絞り、研修会・シンポジウムなどを開催し、関係者は勿論一般の方々にも訴えて行く。

(1)在宅医療・看護・介護等から排出される廃棄物研究の安全について検討する。

(2)フィリッピンへの不正輸出にみられる医療廃棄物処理の実態を解明することによって、安全対策の在り方を見直す。

(3)本年度も分科会で討議した課題を中心に、テーマを決め研修会を東京で開催する。

(4)本年度の研究大会への参加について検討する。

 医療廃棄物問題は、院内感染防止対策を強化するだけでは解決しないことは、再三訴えているところで、院内外が共に事に当たらなければならない。ようやく医療側も処理側との交流に乗り出し、具体的な体制作りを始めようとしてきたようなので、この機会を捉え当分科会の積極的に双方に働きかけ、従来の一方通行的な関係を廃し、特に安全対策が遅れている処理側に、医療側が手を差し伸ばすようにしたいと思っている。

 幸い当分科会をはじめ他の分科会にも、医療関係者が多いので、十分話し合いができる素地はあるし、成果があがるはずである。安全は、まだまだ黙っていては確保できない世の中である。困難な状況であればある程声を大にして、行動を起こすべきである。

 
「麻酔の安全に関する分科会」報告
担当理事 芦澤直文

 以前にもこのニュースレターでちょっとふれましたが、麻酔の安全性には多くの因子が関与しています。麻酔や手術を行う医師の能力や、手術室の機器の設備など、医療を行う側の因子が重要なのは当然ですが、もう一つ、医療を受ける側の因子も重要です。特に患者さん自身の身体的状況や持病の有無、常用薬などが麻酔のリスクに大きく関与してきます。高血圧、糖尿病、喘息、狭心症、肝・腎機能障害、肥満、過度の喫煙、肺気腫、フルストマック(飲食したものが胃の中に残存している状態)、顔面の骨格異常、出血傾向などが存在すれば麻酔のリスクは大となります。しかしながら、このことを患者さん自身やご家族の方々がどの程度認識しているかということになると、甚だ疑問です。また、インフォームド・コンセント、情報公開、知る権利などという言葉をよく耳にしますが、情報は受ける側がそれを正しく理解し、自分自身で考えたり判断したりする習慣がないと、誤解を招いたり不安を助長したりしかねません。麻酔分科会では、これ迄に「脊椎麻酔の安全指針」や「脊椎麻酔で手術を受ける患者さんへ」というパンフレットを作成してきましたが、「安全な麻酔を受ける

ために」と題した患者さん向けの簡単なパンフレットを作成したら有用ではないかと考えております。いかがでしょうか。なお、麻酔に関して、わからない点、疑問な点、不安な点、などがありましたら、どんな事でもかまいません。お聞かせ頂ければ参考にさせていただきたいと思います。

 
Newsletter発行の予定

第15号  2000/ 7/15 発行予定

第16号  2000/11/15 発行予定

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15号の原稿締切は6月15日です。





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